チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列(追記有)

 アルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の高品質なゲノム配列を報告した研究(Mafessoni et al., 2020)が公表されました。本論文は査読前なので、あるいは今後かなり修正されるかもしれませんが、ひじょうに興味深い内容なので取り上げます。これはすでに公表されていましたが、論文としてはおそらく初めての本格的な報告となり(査読前ですが)、その後さらに、まだ論文としては報告されていませんが、ネアンデルタール人3個体分の高品質なゲノム配列が得られているそうです(関連記事)。

 ネアンデルタール人と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)は、現生人類(Homo sapiens)の最近縁の分類群です。ゲノム分析から、ネアンデルタール人とデニソワ人のゲノムの一部が、サハラ砂漠以南のアフリカ以外の現代人に継承されている、と明らかになりました。これまで、2人のネアンデルタール人と1人のデニソワ人の高品質なゲノム配列が得られています。このうち、1人はクロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)遺跡で発見された5万年前頃のネアンデルタール人女性(Vindija 33.19)で、残りの2人は、ともに南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)遺跡で発見された、ネアンデルタール人(Denisova 5)とデニソワ人(Denisova 3)です。

 中程度の品質(1~3倍のゲノム網羅率)の古代型ゲノムにより、ネアンデルタール人の進化史に関するさらなる理解が得られました。たとえば、ヨーロッパの5人の後期ネアンデルタール人のゲノム配列により、この5人の遺伝的多様性がわずかで、デニソワ洞窟のネアンデルタール人(デニソワ5)よりも、クロアチアのネアンデルタール人(Vindija 33.19)の方と密接に関連している、と示されました(関連記事)。形態学的には分類群が特定されていないデニソワ洞窟のデニソワ11(Denisova 11)は、母親がネアンデルタール人で父親がデニソワ人という交雑第一世代個体と明らかになり、アルタイ山脈における「東方系」から「西方系」へのネアンデルタール人集団の置換が示唆されています(関連記事)。本論文は、デニソワ洞窟の西方約106kmに位置するチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人の高網羅率ゲノム配列を提示します。このゲノムはネアンデルタール人の集団構造と歴史への洞察を提供し、ネアンデルタール人に固有のゲノム機能の識別を可能にします。

 本論文は、チャギルスカヤ洞窟第6b層で2011年に発見された指骨であるチャギルスカヤ8(Chagyrskaya 8)からDNAを解析しました。核ゲノムの平均網羅率は27.6倍です。ネアンデルタール人と現生人類の変異率が同じと仮定すると、チャギルスカヤ8の年代は8万年前頃で、同じく高品質なゲノム配列の得られている非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)個体との比較では、デニソワ5の約3万年後、Vindija 33.19(V33.19)の約3万年前となります。考古学では、チャギルスカヤ洞窟第6b層の年代は、光ルミネッセンス法に基づいて6万年前頃と推定されています。層位の分析から再堆積はなさそうなので、現在の変異率に基づく遺伝的年代が間違っているかもしれません。考えられる説明としては、ネアンデルタール人の変異率が現生人類よりも低いか、現生人類の変異率が最近になって低下したことです。この問題の解明には、年代の確かなネアンデルタール人遺骸から高品質なゲノム配列を得ることが必要となります

 チャギルスカヤ8は、他のネアンデルタール人との比較では、より古いアルタイ山脈のデニソワ5よりも、V33.19や他のコーカサスおよびヨーロッパの後期ネアンデルタール人の方と派生的アレル(対立遺伝子)を多く共有しています。デニソワ人であるデニソワ3との共有派生的アレルは、デニソワ5よりもチャギルスカヤ8の方が少なくなっています。V33.19と比較すると、チャギルスカヤ8は、V33.19と年代の近い5万年前頃以降のヨーロッパの他のネアンデルタール人と共有する派生的アレルは少なくなっています。しかし、チャギルスカヤ8は、ネアンデルタール人とデニソワ人の交雑第一世代個体であるデニソワ11とは、V33.19よりも派生的アレルを多く共有しています。デニソワ3との派生的アレルの共有に関しては、V33.19とチャギルスカヤ8は異なるので、チャギルスカヤ8は現時点で、デニソワ11の母親であるネアンデルタール人と最も密接に関連したネアンデルタール人と示唆されます。以下、ネアンデルタール人およびデニソワ人の各個体の系統関係および年代を示した本論文の図1です。
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 非アフリカ系現代人は9万~5万年前頃の交雑により、ネアンデルタール人から2%程度のDNAを継承している、と推定されています。ゲノム規模では、チャギルスカヤ8はデニソワ5よりも多くの派生的アレルをアフリカ外現代人集団と共有しており、これはV33.19の割合と類似しています。しかし、この分析が、現代人において遺伝子移入された以前に検出されたネアンデルタール人のハプロタイプか、非アフリカ系現代人集団において低頻度で見られ、それ故にネアンデルタール人からの遺伝子移入である可能性の高い派生的アレルに制約されるならば、V33.19はチャギルスカヤ8よりも現代人集団と多くのアレルを共有しています。これは、V33.19がチャギルスカヤ8よりも、非アフリカ系現代人集団にDNAをもたらした主要なネアンデルタール人集団に密接に関連していることを示唆します。

 この問題の検証のため、アジア東部・ヨーロッパ・インド(アジア南部)・オセアニアの現代人集団で排他的に見られる、ネアンデルタール人由来と推測される以前に報告されたハプロタイプが用いられました。その結果、チャギルスカヤ8とV33.19では、共有されるアレルの割合は類似しており、現時点でのデータ精度では、異なるネアンデルタール人集団から現生人類集団への遺伝子流動があったならば、これらのネアンデルタール人集団は、現在利用可能なネアンデルタール人ゲノムと同じように密接に関連していたことになります。

 デニソワ5ではホモ接合性の長い領域の割合が高くなっています。10センチモルガン(cM)以上のホモ接合性領域はデニソワ5の両親の間の密接な遺伝的関係を示唆しますが、2.5~10cMの間のホモ接合性領域は、デニソワ5の出生集団がその前の約100世代以上にわたって小規模だったことを示唆します。デニソワ5と比較してチャギルスカヤ8のゲノムでは、10cM以上のホモ接合性領域は少ないのですが、中間的な長さのホモ接合性領域はより多くなっています。高網羅率のネアンデルタール人3個体分のゲノムはすべて、ほぼすべての現代人および先史時代現生人類のゲノムよりも中間サイズのホモ接合性領域が多く、それはデニソワ人(デニソワ3)も同様です。合着シミュレーションでは、これは全体的には小さいものの任意交配である集団により説明できません。むしろ、ネアンデルタール人集団は細分化されたことを示唆します。

 合着モデリングにより、チャギルスカヤ8とデニソワ5は60人もしくはより少ない個体数の亜集団で暮らしていた、と推定されます。対照的に、1%もしくはそれ以下の亜集団間の移住率の想定下では、現代および過去の現生人類集団と(デニソワ3に基づく)デニソワ人集団は、100人以上の個体数の亜集団で暮らしていた、と推定されます。一方、ヨーロッパのネアンデルタール人であるV33.19は、チャギルスカヤ8およびデニソワ5というアルタイ山脈のネアンデルタール人よりも大規模な亜集団で暮らしていたようです。ただ、2.5cMよりも長い全ホモ接合性領域にカバーされるゲノムの割合を考慮すると、この違いは統計的にはわずかに有意であるにすぎません。

 本論文は、3個体のネアンデルタール人の高品質なゲノム配列を用いて、889の遺伝子における993の固定された非同義置換と、2952の多型非同義置換を特定しました。異なる脳領域で優先的に発現する遺伝子の分析では、12~19歳の個体群の線条体で発現する遺伝子は、他の脳領域および年齢で発現する遺伝子よりも高い比率を示します。これらの遺伝子によりエンコードされたタンパク質はネアンデルタール人の進化系統において、正の選択の標的だったか、緩和された制約下で進化したことを示唆するかもしれません。さらに、出生前の線条体で発現する遺伝子は、非翻訳領域での置換が他の場所および時間で発現する遺伝子よりも多い、と明らかになっています。

 線条体で発現する遺伝子では、ネアンデルタール人において固定された非同義置換を有するものは、そのような変化を有さない線条体遺伝子よりも、現代人においてネアンデルタール人からの遺伝子移入が殆どあるいは全くないDNAを有するゲノム領域で、しばしば多く見られます。このパターンはネアンデルタール人において固定された非同義置換を有する全遺伝子で観察されず、ネアンデルタール人の線条体遺伝子のいくつかの置換は、現生人類において負の選択だったかもしれない、と示唆します。

 線条体に加えて、後頭葉皮質・前頭前野腹外側部・一次体性感覚野で優先的に発現する遺伝子は、他の脳領域と年代で発現される遺伝子よりも、ネアンデルタール人の調節領域の固定された置換を多く有します。本論文はネアンデルタール人系統における正の選択の検出のため、ゲノム全体で検証し、合計35の個別の候補領域を特定しました。この中には、神経発達(EXOC6B)や免疫および創傷治癒(HTN1、 EVPLL)やミトコンドリア機能(NSUN3、 TIMM29)で進化した遺伝子と重なるもものがあります。

 上述のようにチャギルスカヤ8は、アルタイ山脈に以前に存在したデニソワ5よりも、V33.19および他のユーラシア西部の後期ネアンデルタール人の方と遺伝的に密接に関連しています。したがって、チャギルスカヤ8は12万~8万年前頃に東方へと移動したネアンデルタール人集団と関連しています。チャギルスカヤ洞窟で発見された石器群は、ヨーロッパ中央部および東部の石器群と類似しており(関連記事)、ユーラシア西部からシベリアへのネアンデルタール人集団の移動は、物質文化をもたらしたかもしれません。ユーラシア西部からシベリアに東進してきたネアンデルタール人の一部は、在来のデニソワ人と遭遇し、上述のデニソワ11で示されるように交雑しました。

 これと関連して興味深いのは、アルタイ山脈のネアンデルタール人であるチャギルスカヤ8とデニソワ5は、クロアチアのネアンデルタール人(V33.19)やアルタイ山脈のデニソワ人(デニソワ3)や現生人類よりも小さな集団で暮らしていた、と推測されることです。アルタイ山脈のネアンデルタール人は他地域のネアンデルタール人よりも小規模で孤立した集団で暮らしていたのかもしれません。アルタイ山脈は、ネアンデルタール人にとっては周辺的な地域だったのに対して、デニソワ人にとってはもっと継続的に住んでいた地域だったかもしれない、というわけです。しかし、これを明らかにするには、デニソワ洞窟と他の遺跡の中部および上部旧石器時代のより詳細な研究が必要となります。

 ネアンデルタール人系統の遺伝子発現で目立つのは、上述のように思春期の線条体で発現した遺伝子の変化の数です。さらに、線条体で発現する遺伝子は、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人から遺伝子移入された断片が稀であるゲノム領域(ネアンデルタール人砂漠)で、予想されるよりも頻繁に重複しています。線条体遺伝子はネアンデルタール人特有の適応もしくは他の変化を有しており、それは現生人類への遺伝子流動では不利に作用したかもしれません。これと関連しそうなのは、現生人類系統における派生的変化の正の選択と、現代人のゲノムにおける「ネアンデルタール人砂漠」です(関連記事)。

 より多くのネアンデルタール人の高品質なゲノム配列が利用可能になると、ネアンデルタール人において機能的に関連する変化を有する遺伝子集団の調査が可能となるでしょう。本論文は、線条体で発現する遺伝子、後腹側頭頂皮質で発現する遺伝子の非翻訳領域およびプロモーター、会話と数学的認知に関連してきた脳領域が、偶然予想されるよりもネアンデルタール人において変化が多い、と指摘します。さらに、ネアンデルタール人の調節領域において変化と関連する上位の表現型では、鼻梁や胸郭のような、ネアンデルタール人の形態的特徴が目立つ骨格の一部で異常があります。

 ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列が増加してきたことにより、ネアンデルタール人固有の特徴、さらには現生人類固有の特徴の遺伝的基盤についても、さらに詳しく解明されていくのではないか、と期待されます。また、本論文が指摘するように、ネアンデルタール人系統では細分化が進んでいったことも明らかになってきました。アルタイ山脈の事例から推測すると、ネアンデルタール人系統内でも長距離移動や置換はさほど珍しくなかったのでしょう。気候変動による環境変化に伴う、撤退・縮小とその後の再拡大や絶滅は、ネアンデルタール人系統において珍しくなかった、と推測されます。これは、デニソワ人や現生人類など、他系統の人類でも程度の差はあれ同様だったのでしょう。

 本論文でも、非アフリカ系現代人と交雑して遺伝的影響を残したネアンデルタール人集団と最も近縁な個体は確定されず、今後の研究の進展に期待したいところですが、そのネアンデルタール人集団はおそらく中東、さらに限定するとレヴァントにいた可能性が高そうです。そうすると、5万年以上前の集団でしょうから、ゲノム解析は難しそうです。ただ、既知もしくは未発見のネアンデルタール人遺骸の中に、アフリカから拡散してきた現生人類に追われてレヴァントからヨーロッパまで撤退した集団に属する個体がいれば、既知のネアンデルタール人遺骸よりも現生人類と交雑したネアンデルタール人集団と近縁であることが示されるでしょう。可能性は低いかもしれませんが、そうした個体が確認されることを期待しています。


参考文献:
Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2020.03.12.988956


追記(2020年7月1日)
 本論文が『米国科学アカデミー紀要』に掲載されました。ざっと確認したところ、査読前の公開論文から内容はほとんど変わっていないようなので、とくに補足はしません。なお、本論文の図1は、有効人口規模の推移も表して修正されているので、以下に改めて引用します。

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参考文献:
Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117

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