古代型ホモ属から現生人類への遺伝子移入

 非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)から現生人類(Homo sapiens)への遺伝子移入に関する研究(Gokcumen., 2020)が公表されました。本論文は、現生人類と古代型ホモ属との遺伝的関係について、最近までの知見をまとめており、この問題の把握にたいへん有益だと思います。古代DNA研究の飛躍的な進展により、人類進化史に関する理解は大きく深まりました。現代人の祖先集団が深刻なボトルネック(瓶首効果)を経たことは以前から指摘されており、現代人の遺伝的多様性はこの祖先集団にまでさかのぼれる、と考えられていました。ミトコンドリアDNA(mtDNA)の多様性などの以前の遺伝学的研究は、この見解を支持します。

 しかし、ゲノム規模研究は、現代人の進化史が複雑だったことを明らかにしてきました。現代人系統は、早期に分岐した系統との複雑な遺伝的つながりを有する、というわけです。これら複雑な関係を有する人類系統の中では、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)はすでに遺伝的に特定されていますが、遺伝的に未知の人類系統が一部の現代人集団に遺伝的影響を残した可能性も指摘されています。現代人の遺伝的多様性は、現生人類だけではなく古代型ホモ属にも由来します。本論文は、最近の知見に基づいて、遺伝子移入に関する特定の問題を検証していきます。


●遺伝子移入とは何か

 遺伝子移入(浸透性交雑)は、異なる生物学的分類群の一つ(高頻度で種)の遺伝子プールから、別の分類群への交配による遺伝子流動です。遺伝子移入には、比較的最近の共通祖先を有する二つの生物学的実体が分岐し、遺伝子プールが明確に分岐するのにじゅうぶんな時間、相互に孤立したままである必要があります。具体的には、たとえばネアンデルタール人と現生人類です。したがって、受け入れる側の集団はしばしば、遺伝子移入の有無が区別可能なアレル(対立遺伝子)を有します。遺伝子移入は固有の過程で、一般的であり、進化に重要だと明らかにされてきました。遺伝子移入されたゲノム多様性の研究により、時間の経過に伴う異なる集団間の相互作用の強度・持続期間・時期を推定できます。また遺伝子移入は、潜在的に新たな適応的もしくは不適応的な遺伝的多様性を集団に導入でき、表現型多様性と適応的過程の遺伝的基盤を理解するための自然実験を提供します。ゲノム規模のデータセットが豊富なおかげで、ゲノム全体の遺伝子移入の特徴を調査することは、ヒト進化の遺伝的研究における重要な焦点となってきました。


●古代型ホモ属の遺伝的データにより変わる現生人類の進化史

 21世紀に古代DNA研究が飛躍的に発展するまで、現生人類とネアンデルタール人に関する考察の大半は化石記録に基づいていました。そこでまず明らかになったのは、最古の現生人類的化石群はアフリカで発見されている、ということです。次に明らかになったのは、ユーラシアとオセアニア全域に点在するひじょうに古い人類化石があり、明確な非現代人的特徴を示すものの、系統分類は曖昧で論争になった、ということです。そのため、現生人類の起源に関して、20世紀後半にはアフリカ単一起源説と多地域進化説が提唱されました。アフリカ単一起源説では、現生人類の唯一の起源地はアフリカで、そこから世界中に拡散してネアンデルタール人など先住人類を置換した、と想定されます。ただ当初より、先住人類とのわずかな交雑および現代人(の一部集団)への遺伝的影響を認める交配説と、先住人類の遺伝的影響は現代人には残っていない、と想定する完全置換説とがありました。多地域進化説では、アフリカから(広義の)ホモ・エレクトス(Homo erectus)が100万年以上前にユーラシアへと拡散し、異なる環境に応じて地域集団が進化していき、相互に遺伝的交流を維持しつつ、比較的均一な現代人集団へと進化した、と想定されました。

 人類進化史に遺伝学が大きな役割を果たすようになったのは、20世紀第四四半期でした。人類の遺伝的変異に関する初期の研究では、現代人の遺伝的多様性の大半はアフリカの深い系統にあると示し、アフリカ単一起源説を支持しました。20世紀末に解析されたネアンデルタール人のmtDNAは、現代人の変異幅に収まらないと明らかになり、アフリカ単一起源説への支持はさらに強くなりました。多地域進化説では、ネアンデルタール人が現生人類の遺伝子プールにかなり影響を残した場合、少なくともある程度の現代人はネアンデルタール人からmtDNAを継承しているだろう、と示唆していたからです。こうして21世紀を迎えた時点では、現生人類の起源に関してはアフリカ単一起源説、その中でも完全置換説が主流となりましたが、現時点で振り返ると、このモデルは不完全でした。

 この流れを大きく変えたのは古代型ホモ属のゲノム解析でしたが、すでにその前から、現代人のゲノム解析によりネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入を指摘した研究もありました(関連記事)。ネアンデルタール人のゲノム規模データの公表により、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入が確認されました。当初、ネアンデルタール人の遺伝的影響が残る現代人は、サハラ砂漠以南のアフリカ以外の全集団と推測されましたが、最近の研究では、以前の推定よりもはるかに多く、サハラ砂漠以南のアフリカ現代人集団のゲノムにもネアンデルタール人由来の領域が残っている、と推測されています(関連記事)。

 ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入が指摘されて間もなく、南シベリアのアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)遺跡で発見された個体が、現生人類とはネアンデルタール人と同じくらい遺伝的に異なり、オセアニアの現代人集団に遺伝的影響を残している、と推定されました。その後の研究で、現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の間の複雑な交雑が明らかになってきました(関連記事)。こうして現生人類の起源に関しては、単なる多地域進化説とアフリカ単一起源説との対立という枠組みを超えて、古代型ホモ属からの遺伝子移入の程度・範囲・年代・起源への関心が高まっていきました。


●古代型ホモ属から現生人類への遺伝子移入に関する疑問

 ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入は、現在では広く認められています。当初の研究では、サハラ砂漠以南のアフリカ現代人集団よりもそれ以外の地域の現代人集団において、ネアンデルタール人由来の多型アレルをずっと多く有する、という観察がその証拠とされました。これは、サハラ砂漠以南のアフリカ現代人集団はネアンデルタール人からの遺伝子移入がなかった、という仮定に基づいています。しかし、人類進化史において比較的新しい年代に最終共通祖先を有するネアンデルタール人と現生人類とでは、共有アレルも当然多くなります。じっさい、サハラ砂漠以南のアフリカ現代人集団(サン人)とそれ以外の地域の現代人集団(フランス人)とでは、ネアンデルタール人との多くの共有アレルが確認され、そのうちサン人になくてフランス人にのみ確認されるものはわずかで、ゲノムの塩基対のうち0.0002755%にすぎません。これは、偽陽性もしくは偽陰性率、人口史の仮定、変異率の推定値のわずかな偏りでも、遺伝子移入の分析を著しく偏らせる可能性を示します。そのため、非アフリカ系現代人の祖先集団が出アフリカの前にアフリカ系集団と分離しており、その人口史における遺伝的浮動の結果として、アフリカ系集団よりもわずかに多くのネアンデルタール人との共有アレルが残った、との見解も提示されました。

 しかし、ハプロタイプ水準での分析では、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入の確実な証拠が得られます。ネアンデルタール人から現生人類に伝わったゲノム中のDNA領域は組換えによってのみ断片化されるので、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来のアレルは、まとまって発見されるはずです。じっさい、現代人のゲノムにおいて、ネアンデルタール人のゲノムと一致する近接派生的多様体が数十個から時には数百個存在する数百もの領域が特定されており、同様の事例はオセアニア系現代人集団のゲノムにおけるデニソワ人由来のアレルでも確認されています。これらの領域のサイズは、遺伝子移入事象の年代を推定する手がかりとなります。組換えが発生するので、この領域が短いほど遺伝子移入は古い年代に起き、逆にこの領域が長いほど遺伝子移入は新しい年代に起きたことになります。この古代型ホモ属由来の領域のサイズから、非アフリカ系現代人の祖先集団と古代型ホモ属との交雑は出アフリカ後と推定されています。ただ、この手法はアフリカにおける古代型ホモ属から現生人類系統への潜在的な遺伝的寄与の可能性を事実上除外します。現在の議論は、現生人類系統における古代型ホモ属からの遺伝子移入の年代・程度・機能的効果に焦点が当てられています。


●アフリカの人口史

 現代人の遺伝的多様性の大半(おそらく90%以上)は、20万~10万年前頃に深刻なボトルネックを経た可能性の高い、アフリカの比較的均一な祖先集団にさかのぼれます。現代人と古代型ホモ属とのゲノム比較により、と少なくとも3系統の古代型ホモ属から現生人類への遺伝子移入が推定されています。アフリカにおける遺伝子移入の検証の難しさは、「遺伝子移入」と「深い遺伝的構造」の間の境界線が曖昧なことです。前者は異なる種のようなひじょうに多様な集団からの遺伝子流動を、後者は集団内の構造化された遺伝的多様性を意味します。

 過去1万年のアフリカ人のゲノムからは、アフリカ現代人集団では今や失われた深い系統が以前にはあった、と示唆されます(関連記事)。つまり、現代と比較して、1万年前頃のアフリカの現生人類の遺伝的多様性は高く、多様なハプロタイプが存在しました。これらの小集団はアフリカ現代人集団とは異なり、その固有の遺伝的多様性の大半は現代では見られません。これは、アフリカ現代人集団のゲノム分析だけでは見えない、かなりの深い遺伝的構造がアフリカにはある、ということです。この遺伝的構造は、コイサン集団と他のアフリカ人集団の分離前となる、35万~25万年前頃に合着するハプロタイプを含んでいます。したがって、ボトルネック後の集団よりも古い現代人集団のハプロタイプの少なくともいくつかは、遺伝子移入ではなく、この古代の遺伝的構造で説明できます。

 アフリカの古代型ホモ属のゲノム規模データは欠如しているため、課題となるのは、「深い遺伝的構造」に由来するハプロタイプ多様性と、遺伝子移入事象に由来するそれとの区別です。両者の違いの一つは時間です。「深い遺伝的構造」に由来する場合は、明確な解剖学的現代人のハプロタイプの分岐年代である数十万年前までさかのぼり、遺伝子移入ではアフリカにおいて現生人類系統と古代型ホモ属系統とが分岐した100万年以上前までさかのぼる、と想定されます。まず間違いなく現生人類とは明確に異なる人類系統であるホモ・ナレディ(Homo naledi)が、じっさいに遭遇したのか確証はないとしても、アフリカでは現生人類と共存していたこと(関連記事)からも、アフリカにおける古代型ホモ属と現生人類系統との交雑はじゅうぶん想定されます。

 アフリカにおける遺伝的に未知の人類系統から現生人類系統への遺伝子移入を推定した研究は複数あり(関連記事)、200万~50万年前頃に現生人類系統と分岐し、現在では絶滅した人類集団から現生人類系統への遺伝子移入が想定されています。ただ、この遺伝子移入事象の年代と場所は不明確です。たとえば、未知の人類系統と現生人類系統との分岐は200万~150万年前頃、遺伝子移入事象は15万年前頃とも推定されていますが(関連記事)、これらの年代は確定的ではない人口統計学的モデル・変異率・組換え率に依存しているからです。したがって、より詳細な遺伝子移入事象の解明には、アフリカの古代型ホモ属の直接的なゲノム配列や、既知のものより古いアフリカの現生人類遺骸の古代ゲノムデータが必要です。


●ネアンデルタール人の進化史

 ネアンデルタール人は、ユーラシア、その中でもおそらくヨーロッパで40万年前頃までに進化し、その後でユーラシアに広く拡散した、と考えられます。ネアンデルタール人のゲノムデータからは、シベリア(東方)とヨーロッパ(西方)の大きく異なる2集団が存在し、東西両系統は遅くとも12万年前頃までには分離していた、と明らかになっています(関連記事)。9万年前頃のシベリアの古代型ホモ属個体は、母がネアンデルタール人で父がデニソワ人と明らかになりました(関連記事)。これは、異なる人類系統間の遺伝子移入が一般的だったことを示唆します。最近の研究でも、南シベリアのアルタイ山脈では、ネアンデルタール人とデニソワ人が遭遇した場合、両者の交雑は一般的だった、と推測されています(関連記事)。さらに、この交雑第一世代個体の母は東方系よりも西方系の方と近縁なので、シベリアでは、東方系ネアンデルタール人の存在した14万年前頃から9万年前頃までの間に、東方系から西方系への置換があった、と示唆されます。

 非アフリカ系現代人全員のゲノムに、さほど変わらない割合でネアンデルタール人由来と推定される領域があることは、非アフリカ系現代人全員の祖先である出アフリカ系現生人類集団が、各地域集団に分岐する前にネアンデルタール人との単一の決定的な遺伝子移入事象を経た、と示唆します。そのため、この遺伝子移入事象の場所は、出アフリカ現生人類とネアンデルタール人が最初に遭遇したアジア西部、おそらくはレヴァントで、年代は5万年前頃以前と推定されます。ただ、地域集団のゲノム構造からは、もっと複雑だったことが示唆されます。

 この時期のアジア西部のホモ属の直接的なDNA証拠は、ネアンデルタール人でも現生人類でも得られていません。また、アジア西部の現代人集団では、他地域の非アフリカ系現代人集団と比較してのネアンデルタール人の遺伝的影響は、レヴァントでは小さく、アナトリア半島とイランでは変わらない、と推定されています。これに関しては、アフリカから複数の現生人類集団がユーラシアへと拡散し、そのうち1集団だけがネアンデルタール人と交雑したことを反映している、と推測されています。代替的な仮説では、サハラ砂漠以南のアフリカ人集団からの最近の遺伝子流動により、レヴァントの現代人集団のゲノムのネアンデルタール人由来の領域が希釈された、と推測されています。じっさい、アジア西部現代人集団のゲノムにおいては、サハラ砂漠以南のアフリカ人系統の割合とネアンデルタール人系統の割合は負の相関関係にあります。また、サハラ砂漠以南のアフリカ人集団による近東集団の置換が想定されており、それはとくに古代エジプトにおいて顕著だった、と推測されています。非アフリカ系現代人集団に遺伝的影響を残したネアンデルタール人は、東方系より西方系に近いと推定されており、西方系ネアンデルタール人がアジア西部に拡散し、現生人類と交雑した、と考えられます。

 おそらくはアジア西部、もっと限定するとレヴァントにおける、5万年前以前のネアンデルタール人から非アフリカ系現代人全員の共通祖先集団への遺伝子移入事象の後にも、ルーマニアの早期現生人類個体でネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入が観察されているように(関連記事)、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入事象が起きていた、と推測されています。また、現生人類からネアンデルタール人への10万年前頃の遺伝子移入も推定されています(関連記事)。じっさい、20万年前頃かさらにさかのぼる現生人類系統の出アフリカの可能性も指摘されています(関連記事)。現生人類このように、ユーラシアで広範にネアンデルタール人と現生人類との間の相互の遺伝子移入が起きましたが、その痕跡は現代人集団ではほとんど失われています。現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人由来のアレル分布は、単一の遺伝子移入事象では説明できない、との見解も提示されており(関連記事)、ネアンデルタール人と現生人類との間の遺伝的関係は複雑だったようで、より詳細な解明には、さらに多くのネアンデルタール人ゲノムが必要です。


●デニソワ人

 古代DNA研究の重要な成果は、デニソワ人を遺伝的に新たな系統として発見したことです(関連記事)。デニソワ人はデニソワ洞窟で発見されましたが、その遺伝的影響を強く受けているのはオセアニア現代人集団なので、地理的分布に関心が寄せられてきました。非アフリカ系現代人の一部の祖先集団と交雑したデニソワ人は複数系統だった、と推測されています(関連記事)。デニソワ人から現生人類への遺伝子移入事象は複数回起きた、というわけですが、そのうちの1系統がニューギニア島(更新世の寒冷期にはオーストラリア大陸・タスマニア島と陸続きでした)まで拡散していた可能性さえ提示されています。アルタイ山脈のデニソワ洞窟とチベット高原東部でしか遺骸の確認されていないデニソワ人の分布範囲はまだ確定的ではなく、中国で発見されてきた、分類について議論のある中期~後期更新世ホモ属遺骸の中に、デニソワ人と同じ分類群の個体があるかもしれず、多くの謎が残されています。仮にデニソワ人が南シベリアからチベット高原とアジア南東部、さらにはニューギニア島まで分布していたとしたら、現生人類にも匹敵するくらい多様な環境に適応していた可能性もあります。


●現代人の表現型への影響

 非アフリカ系現代人集団のゲノムにおけるネアンデルタール人由来の領域は1~3%程度です。これらの領域はおおむね、機能的に重要なコーディング配列や調節領域から離れています。これは、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入事象後に、ネアンデルタール人の派生的アレルが負の選択により排除される傾向にあったことを示唆します。つまり、現代人の表現型におけるネアンデルタール人の影響は全体的には小さい、というわけです。この負の選択の要因としては、交雑における不適合です。これにより、適応度が下がり、子孫が残りにくくなります。

 こうした負の選択は、繁殖および配偶子形成に関連する遺伝子座においてとくに影響が大きいと予想され、じっさい、現代人のX染色体のそうした領域において、ネアンデルタール人由来の領域は排除されている、と指摘されています(関連記事)。また、ネアンデルタール人の有効人口規模は現代人集団よりもずっと小さく、有害なアレルを除去できない可能性が高い、と推測されています。その結果、ネアンデルタール人の派生的アレルは現生人類においては適応度を下げるために排除された、という可能性も指摘されています。

 一方で、一部のネアンデルタール人由来のアレルは現生人類において適応的優位をもたらした可能性が指摘されています。それは肌の色(関連記事)や免疫(関連記事)に関連したアレルですが、一方で、代謝関連遺伝子のように、かつての環境では有利だったものが、現代では不利に作用しているものも指摘されています(関連記事)。ただ、多数の遺伝子が協調して機能することも指摘されており、ネアンデルタール人から現生人類への遺伝子移入における機能的役割については、さらに多くの検証が必要となります。

 また、機能的なネアンデルタール人から遺伝子移入されたアレルのほとんどは、コーディング配列ではなく調節配列に影響を与えている、と推測されています。つまり、タンパク質自体を変えるのではなく、その発現の水準に影響を及ぼしている、というわけです。また、デニソワ人からの遺伝子移入に関しては、チベット現代人集団において、デニソワ人由来の高地適応関連遺伝子ハプロタイプが適応度を高めている、と推測されています(関連記事)。全体的に、現代人集団における古代型ホモ属由来のアレルの表現型への影響は小さいものの、アフリカから異なる環境に拡散していった現生人類の適応度の上昇に役立ったものもある、と考えられます。ただ、本論文公表後の研究では、現代人集団の表現型におけるネアンデルタール人由来のアレルの影響は、これまでの推定よりもずっと小さかった、と指摘されています(関連記事)。


●今後の展望

 古代型ホモ属から現生人類への遺伝子移入に関する研究で問題となるのは、現代人の遺伝学的研究の標本抽出がヨーロッパ西部とアメリカ合衆国に偏っていることです。ただ、この問題はじょじょに解消されつつあり、とくに遺伝的にも文化的にも高い多様性を有するアフリカ現代人集団の研究の進展が期待されます。もう一つの問題は、古代DNAの不足です。これは、アフリカ・アジア南東部・オセアニアのように、DNAの保存に不適な環境条件の地域もあるので、全地域で同じように研究を進めることは困難です。また、研究者と資金の充実している研究集団が少ないことも、新たな視点や手法を妨げかねないという意味で、古代DNA研究の制約となっています。

 表現型への影響に関しては、ゲノムと環境の両方に依存しているため、研究は容易ではありませんが、遺伝的基盤の表現型への影響に関する包括的理解につながる可能性もある、と期待されます。過去10年で、古代型ホモ属から現生人類への遺伝子移入は珍しくなかった、と明らかになってきました。また、チンパンジー属(関連記事)やヒヒ属(関連記事)やブチハイエナ属(関連記事)など、他の動物でも広く遺伝子移入が確認されるようになりました。遺伝子移入は進化の主要な推進力の一部だった、と考えられます。


参考文献:
Gokcumen O.(2020): Archaic hominin introgression into modern human genomes. American Journal of Physical Anthropology, 171, S70, 60–73.
https://doi.org/10.1002/ajpa.23951

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