フランスとドイツの中石器時代と新石器時代の人類のゲノムデータ

 フランスとドイツの中石器時代と新石器時代の人類のゲノムデータに関する研究(Rivollat et al., 2020)が公表されました。採集から農耕への変化となる新石器時代への移行は、人類史における最重要事象の一つです。ユーラシア西部では、新石器時代の生活様式は、紀元前七千年紀から続く、レヴァント北部からのアナトリア半島経由の可能性が高い西方への拡大として示されてきました。二つの主要な考古学的によく定義された流れに沿って、農耕は拡大しました。一方はドナウ川沿いでのヨーロッパ中央部への拡大で、もう一方は地中海沿岸でのイベリア半島への拡大です。

 最近の大規模なゲノム研究では、農耕拡大は人々の拡散を通じての拡大によるものだったと示されますが、地域単位での研究では、拡散してきた農耕民と在来の狩猟採集民との間の混合が複雑で地域的だった、と示唆されます。大陸経路はヨーロッパ南東部から中央部で比較的よく考古学的記録が見つかっており、とくに新石器時代線形陶器文化(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)において、ひじょうに限定的な最初の生物学的相互作用を伴う急速な拡大が示されています。その後、千年紀以上にわたって、拡散してきた農耕民は在来の狩猟採集民と共存し、文化的交換を続けた証拠があります。ヨーロッパ南東部における新石器時代の拡大は地中海沿岸経路と関連しており、拡散してきた農耕民の最初の定住後の、少なくとも千年紀の狩猟採集民との増加する混合パターンが、イベリア半島で観察されます(関連記事)。これらの研究から浮かび上がってくる全体像は、ヨーロッパ全地域において、最初の拡散してきた農耕民と在来の狩猟採集民との間の混合はほとんどなく、新石器時代が進むにつれて狩猟採集民系統が増加していった、というものです。新石器時代でも後期段階で検出された狩猟採集民要素は、カルパチア盆地とイベリア半島に地域的起源がある、と示されてきました。

 考古学的観点から、後期狩猟採集民と早期農耕民との間の相互作用のさまざまな様式を定義して示すことは容易ではなく、明確で正確な時空間的枠組みを生成するには、高解像度データと正確な分析手法が必要です。大陸経路に沿って、中石器時代集団と新石器時代集団との接触の証拠が西方に向かって増加します。全体として、最後の狩猟採集民の石器群は技術的および様式的に、初期農耕民の石器群にむしろ類似しています。狩猟採集民との接触兆候は、中石器時代後期の石刃と台形石器の範囲における、地域的伝統を有するほぼ細石器タイプです。移住農耕民と狩猟採集民の間の接触の考古学的兆候は、ドイツ南西部において、ヘッセン州の最初のLBK遺跡群だけからではなく、ファイインゲン(Vaihingen)からも報告されてきました。フランス北西部のラオゲット(La Hoguette)やドイツ西部のリンブルク(Limburg)の土器のような農耕民および狩猟採集民と土器を有する集団の間の共存は、LBK集落内で記録されています。集落内での共存の証拠はもはや観察できませんが、特定の狩猟採集民装飾品がヨーロッパ西部中央の埋葬地で観察されてきており、中期新石器時代を通じてこれらの異なる集団の共存伝統が継続したことを示唆します。

 地中海西部経路では、主な不確実性は、イタリアにおけるインプレッサ・カルディウム複合(Impresso-Cardial complex、略してICC)の拡散の起源です。後期の狩猟採集民集落はイタリア半島北東部に集中していますが、最初期の農耕民は南部に出現し、地理的にはほとんど重なりません。対照的に、最後の狩猟採集民と最初の農耕民の間の不連続性は、フランス南部ではもっと顕著です。これは、最後の狩猟採集民の石刃と台形石器のインダストリーと、最初の農耕民の道具一式の顕著な様式の違いに基づいています。これらの不一致は、文化的・人口的変化を合理的に主張します。しかし、フランス南部もしくはイベリア半島における中石器時代から新石器時代への遷移を提供する層序系列はわずかで、ほとんどの場合、明確な層序の間隙が記録されており、推定される地域的相互作用と一致させるのは困難です。新石器時代系列における連続的な石器群、もしくは稀な石器時代の再発は、地中海沿岸の最初の農耕民の植民後、少なくとも3世紀にわたってアルプス南部のみで見られます。

 ヨーロッパ北西部では、新石器時代の生活様式の到来はもっと複雑です。考古学的研究では、中石器時代から新石器時代への相互作用と交換の様相はひじょうに違いがあり、地域的な多様性が見られます。紀元前5850年以降となるICC開拓者集団によるフランス南東部の植民と、紀元前5300年頃までとなるフランス北東部の最初期農耕民集団による植民との間には、もっと顕著な年代的間隙さえあります。大西洋沿岸へと至るヨーロッパ西部の新石器時代農耕民集団拡大の二つの主要な流れの経路と、在来の中石器時代社会との相互作用の程度は両方、次の世紀の地域全体の物質文化で見られる多様性のモザイク状パターンを生み出しました。このパターンは文化水準でよく説明されてきましたが、とくに現在のフランスでは、現在まで利用可能なゲノムデータはありません。パリ盆地の農耕民のミトコンドリアDNA(mtDNA)研究は、狩猟採集民に特徴的なmtDNAハプログループ(mtHg)、とくにU5の割合が、ヨーロッパ中央部および南部よりも高いことを強調し、さまざまな過程の作用を示唆します。

 本論文の目的は、現在のフランスおよびドイツを主要な対象として、新石器時代最初期段階の人類集団間の文化的および生物学的相互作用の複雑さと変異性を解明することです。本論文の対象研究地域は、ヨーロッパ中央部(ドナウ川経路)の初期農耕共同体と、フランス南部(地中海沿岸経路)の初期農耕共同体との収束、および在来の後期狩猟採集民とのさまざまな形の相互作用を包含するのに適しています。


●主成分分析

 本論文は、現在のフランスとドイツの12遺跡で発見された101人のゲノム規模データを新たに報告します。年代は紀元前7000~紀元前3000年頃で、中期石器時代が3人、新石器時代が98人です。約120万ヶ所の一塩基多型データ(平均網羅率0.6倍)と、mtDNAデータ(平均網羅率249倍)が得られました。一親等の関係は下流分析では除外されています。これらの新たなデータが、既知の古代人(629人)および現代人(2583人)と比較されました。また、古代人30個体の新たな放射性炭素年代測定結果も得られました。

 中期石器時代個体で新たに報告された、ドイツのバート・デュレンベルク(Bad Dürrenberg)の1個体(BDB001)とボッテンドルフ(Bottendorf)の2個体(BOT004およびBOT005)は、主成分分析ではヨーロッパ西部狩猟採集民(WHG)の範囲内に収まります。後期新石器時代となる漏斗状ビーカー文化(Trichterbecherkultu、Funnel Beaker Culture、略してTRB)関連のエルベハーフェル(Elb-Havel)のタンガーミュンデ(Tangermünde)遺跡の1個体(TGM009)は、WHGと新石器時代農耕民の間の中間に位置します。新たに配列された新石器時代個体群は、既知の地域的な2亜集団とクラスタ化します。一方は、ヨーロッパ中央部および南東部の新石器時代個体群で、もう一方は、PC1軸でわずかにWHGに寄っているヨーロッパ西部(イベリア半島とフランスとブリテン諸島)の新石器時代個体群です。4集団を対象としたf統計(単一の多型を対象に、複数集団で検証する解析手法)では、これらの観察はヨーロッパの狩猟採集民との類似性のさまざまな程度に由来する、と確認されます。ドイツのシュトゥットガルト・ミュールハウゼン(Stuttgart-Mühlhausen、略してSMH)とシュヴェツィンゲン(Schwetzingen、略してSCH)とハルバールシュタットHalberstadt(Schwetzingen、略してSCH)の前期新石器時代個体群(既知の44人と新たな42人)はLBKと関連し、ヨーロッパ中央部の早期農耕民集団の均一な遺伝的集団を形成します。

 フランスの新石器時代集団は、ヨーロッパ西部新石器時代個体群とクラスタ化しますが、ICCとなるフランス南部のペンディモン(Pendimoun、略してPEN)遺跡とレスブレギエーレス(Les Bréguières、略してLBR)遺跡の個体群は、さらにWHGへと寄っています。これは、他のあらゆる早期新石器時代個体群よりも高い狩猟採集民構成と、同時代のイベリア半島の西部早期農耕民集団と比較しての、混合の異なる歴史を示唆しています。PENおよびLBRの両遺跡については、狩猟採集民系統が少ないAと多いBという亜集団に区分されます。フランス南部の新石器時代個体群は、ヨーロッパ南東部および中央部農耕民の亜集団の範囲内に収まるアドリア海地域のICC関連個体群とは集団化しません。ヨーロッパ中央部および西部の両集団は依然として紀元前五千年紀と紀元前四千年紀に存在しており、ライン川沿いの地理的境界が示唆されます。フランス北部の中期新石器時代では、ギュルジー(Gurgy、略してGRG)遺跡とプリッセ・ラ・シャリエール(Prissé-la-Charrière、略してPRI)遺跡とフルーリー・シュル・オルヌ(Fleury-sur-Orne、略してFLR)遺跡の個体群が均質なように見える一方で、オベルネ(Obernai、略してOBN)遺跡の個体群は3集団を形成します。第1は同時代のヨーロッパ西部個体群と近く(OBN A)、第2はより強い狩猟採集民構成を有し(OBN B)、第3はヨーロッパ中央部農耕民と近くなっていますが(OBN C)、これら3集団は類似した文化的および年代的背景を共有しています。


●ヨーロッパ農耕民集団における一般的狩猟採集民系統の定量化

 qpAdmを用いて、直接的な放射性炭素年代の得られている新規および既知の新石器時代個体群の、経時的なヨーロッパ狩猟採集民系統の割合が推定されました(モデルA)。ヨーロッパ中央部および南部の各地域における農耕の最初期には、無視できる程度の狩猟採集民系統を有する顕著に類似したパターンが観察され、狩猟採集民系統は農耕確立の数世紀後に次第に増加していきました。追跡可能な狩猟採集民系統を有さない最後の個体群は、紀元前3800~紀元前3700年頃に消滅します。ヨーロッパ南東部は、セルビアの鉄門(Iron Gates)地域と関連する個体群で特定のパターンを示し、ブリテン諸島は新石器時代の到来時期における突然で一定した狩猟採集民構成を示します。新たにゲノム規模データが報告されたライン川東方の西部LBK集団は、狩猟採集民系統がより高く変動的と報告されている、ブルガリアのマラク・プレスラヴェッツ(Malak Preslavets)遺跡のようなヨーロッパ南東部とは対照的な、エルベ・ザーレ川中流地域とハンガリーのトランスダニュービア(Transdanubia)からの推定を確証します。しかし、現在のフランスでは状況が異なり、ヨーロッパ他地域と比較して全体的に狩猟採集民系統の最高の割合が観察されるだけではなく、フランス南部のPENおよびLBR遺跡の最古の個体群にも狩猟採集民系統が見られます。この観察はまた、単系統遺伝標識でも支持されます。フランス南部地域の西部早期農耕民におけるY染色体ハプログループ(YHg)は、狩猟採集民に由来するI2aのみです。対照的に、mtDNAではもっと一般的な新石器時代の遺伝的多様性が見られ、以前に報告されたように狩猟採集民起源の可能性がある2系統のmtHgであるU5およびU8も見られます。

 ライン川のすぐ西に位置する中期新石器時代のOBN遺跡の2個体(OBN B亜集団)も、ライン川東方のLBK遺跡集団とは対照的に、狩猟採集民構成の高い割合を示します。追加の狩猟採集民系統の割合を定量化するため、ドイツのLBK関連集団がアナトリア半島新石器時代系統とヨーロッパ狩猟採集民系統の混合としてモデル化され、OBN亜集団がLBK関連集団とヨーロッパ狩猟採集民との混合としてモデル化されました。その結果、このモデルはよく支持され、OBN B亜集団において狩猟採集民系統の最大31.8%の過剰が得られました。ライン川東方のLBK関連集団における強い狩猟採集民系統の欠如を考慮すると、これは最初の農耕民の到来に続く数世紀の間の在来集団からの遺伝子流動と推定されます。さらに、OBNの男性個体群のYHgは在来狩猟採集民からもたらされたI2a1a2とC1a2bのみで、ライン川のすぐ西方の地域における狩猟採集民系統のより大きな割合のさらなる証拠を提供します。


●ヨーロッパ狩猟採集民の遺伝的構造

 アナトリア半島新石器時代農耕民系統を有するヨーロッパ初期農耕民の共有された最近の系統と、ヨーロッパ本土全域での急速な拡大により、考古学で提案されているような、ゲノム水準で異なる新石器時代における農耕民拡大の複数の経路を区別することは、困難になっています。既知のデータでは、ヨーロッパ東部から西部へと、狩猟採集民系統の増加が観察されますが、これは単純に農耕起源地からの地理的距離の結果かもしれません。そこで、さまざまな拡大経路の兆候を検証するため、ヨーロッパの狩猟採集民系統における次第に出現してくる地理的構造を利用しました。本論文では、氷期後のヨーロッパの狩猟採集民系統は、それぞれ混合勾配のある主要な3クラスタにより説明されます。それは、ベルギーのゴイエット(Goyet)遺跡で発見された 19000年前頃の個体(Goyet Q-2)的な系統と、イタリアのヴィラブルナ(Villabruna)遺跡で発見された14000年前頃の個体と関連するWHG系統と、ヨーロッパ東部狩猟採集民(EHG)系統です。さらに、これらクラスタ間の2つの勾配が観察できます。一方は、イベリア半島の狩猟採集民により形成される(関連記事)ゴイエットQ2とWHGとの間の勾配で、もう一方は、ヨーロッパ南東部やスカンジナビア半島やバルト海地域の狩猟採集民により形成されるEHGとWHGの間の勾配です。

 この観察に続いて、全ヨーロッパ狩猟採集民個体がf4統計で検証されました。全ヨーロッパ集団で負のf4値が得られ、WHGクラスタと共有される系統が示唆される一方で、正の値はEHGの方へと引きつけられます。qpAdmでは、WHG関連のヴィラブルナとEHGとゴイエットQ2の混合としてヨーロッパの狩猟採集民個体群がモデル化でき、その最適なサブクレードが確立されます(モデルB)。早期農耕民との混合の兆候を示す狩猟採集民のいくつかに適合する、アナトリア半島新石器時代系統が追加されます。本論文はそれぞれの結果で、最も節約的なモデルを選択しました。ヨーロッパ南東部とスカンジナビア半島の狩猟採集民を含むEHGとWHGの間の勾配の個体群は、EHG 系統のかなりの割合を有するので、WHG個体群とは区別できます。上述のドイツの中石器時代個体群(BDBおよびBOT)はWHGクラスタの一部を形成します。

 以下では、ヨーロッパの農耕到来時期において、EHGとWHGの間の広範な系統勾配が、新石器時代の農耕民拡大で提案されているドナウ川経路と重なる、ヨーロッパ中央部および南東部の主要な地域(現在のドイツ・ハンガリー・セルビア・ルーマニア・ウクライナ)を覆っている、という観察を活用します。その結果、ICC土器と関連した地中海沿岸経路の前期新石器時代農耕民と、とくにフランスとスペインに到来した前期新石器時代農耕民が、EHGとWHGの間の勾配のEHG側からの系統は少なく、代わりにヴィラブルナ関連WHGおよびゴイエットQ2関連系統の支配的な混合兆候を示す、という仮説が提示されます。


●農耕民集団における異なる狩猟採集民系統の追跡

 狩猟採集民個体群と同様に、全新石器時代集団でもf4統計が実施され、新石器時代集団の狩猟採集民の東西勾配との類似性が推定されました。新石器時代集団のf4値はほとんど負で、ヴィラブルナとの共有された系統が示唆されますが、ヨーロッパ南東部のいくつかの集団ではEHGの共有された系統が同程度になる、と示唆されます。qpAdmを用いて、ヨーロッパの全新石器時代集団を対象に上述のモデルBでこれらの起源が定量化されましたが、多くの早期新石器時代集団では狩猟採集民構成がひじょうに少なかったことに起因して遠方のソースを用いたことで、モデルBはEHG構成を確実には検出できませんでした。

 そこで、分析をより近くのソースに限定し、WHG系統の代表として、また地中海沿岸経路の代理として、ライン川西方となるルクセンブルクのロシュブール(Loschbour)遺跡の中石器時代個体が選ばれました。遺伝的には狩猟採集民に見えるものの、農耕文化との関連で発見されたハンガリーのKO1個体が、大陸経路の狩猟採集民系統として選ばれました。f4統計では、正のf4値は、EHGとWHGの間の勾配の代理としてKO1と共有された系統を示唆します。次に、負の値は、ロシュブールに代表されるWHGクラスタと過剰な共有された系統を示唆します。この結果は、ライン川東方の農耕民集団がKO1と、ライン川西方の農耕民集団がロシュブールとのとより多く共有された系統を有する、という傾向を示します。

 注目すべき例外は、ドイツのハーゲンのブレッターヘーレ(Blätterhöhle)遺跡の中期新石器時代集団の個体群と、ボーランドの紀元前4700~紀元前4000年頃となるレンジェル文化(Lengyel Culture)のブジェシチ・クヤフスキ集団(Brześć Kujawski Group、略してBKG)のN22個体(関連記事)と、タンガーミュンデ遺跡の1個体(TGM009)で、その全個体はWHG関連個体群との強い類似性を示しますが、ライン川東方に位置します。qpAdmで新石器時代集団の狩猟採集民構成がモデル化され、それには提案されている農耕民集団の両拡大経路で遭遇したかもしれない狩猟採集民2ソースが含まれます(モデルC)。狩猟採集民2ソースが支持される場合に、qpAdmで最適のモデルが選択されます。

 多くの新石器時代集団では狩猟採集民系統の割合がひじょうに低いので(10%未満)、最終的なソースを確実に特徴づけることは依然として困難です。それにも関わらず、支持されるモデルからの混合パターンは、明確な地理的兆候を示します。ヨーロッパ中央部(現在のハンガリー・オーストリア・ドイツ)のLBKと関連した新石器時代集団は、低い狩猟採集民系統の割合を有し、おそらくはEHGとWHGの間の勾配の狩猟採集民個体群との混合に由来し、それは起源前6000~紀元前5400年頃となる新石器時代農耕民集団の拡大の先行段階に、ヨーロッパ南東部で起きました。ドイツのライン川東方の中石器時代個体(BDB001)も対象としたf4統計では、LBK集団への在来集団の影響は支持されませんが、それはライン川西方のロシュブールと同じパターンです。これは、近隣に存在した、ヨーロッパ中央部のBDB001のようなロシュブール的狩猟採集民からの追加の遺伝子流動が、最初の新石器時代集団ではごく僅かだったことを示唆します。

 しかし、紀元前4000~紀元前3500年頃となるドイツのザクセン=アンハルト州のバールベルゲ(Baalberge)集団は、LBK集団へのKO1およびロシュブール的系統の両方の組み合わせと比較して、そのような狩猟採集民系統の顕著な増加を示します。バールベルゲ集団における最大で21.3±1.5%に達するWHG系統の増加は、在来のロシュブール的系統、もしくは考古学的データで示唆されているように、紀元前五千年紀にこの兆候を有する西方からの農耕集団の拡大により起きた、と示されます。本論文で対象とされたライン川西方の全ての新石器時代集団では、在来のロシュブール的狩猟採集民起源のように見える最初の農耕民集団も含めて、より高い狩猟採集民系統を有する異なるパターンが観察され、考古学的データと一致します。


●ヨーロッパ中央部における狩猟採集民系統の後期の存続

 ドイツ中央部の新石器時代集団とは対照的に、ドイツ北東部のタンガーミュンデ遺跡の1個体(TGM009)は、狩猟採集民系統の異なるパターンを示します。遠方のソースでモデル化すると、TGM009は63.6±5.2%のヴィラブルナ関連系統を有します。近くのソースを用いると(モデルC)、狩猟採集民系統は48.1±6.4%のKO1関連系統と、25.8±6.1%のロシュブール的系統に区分されます。KO1を通じてTGM009で観察されたEHG関連兆候が、スカンジナビア半島中石器時代との地域的な後期の接触という考古学的記録で示唆されているように、スカンジナビア半島狩猟採集民に由来するのかどうか決定するため、f4統計が適用されました。f4値は顕著に負で、TGM009がスカンジナビア半島狩猟採集民よりもヨーロッパ南東部狩猟採集民の方と多く系統を共有する、と示唆されます。そのため、ハンガリーのKO1の代わりにスウェーデンのムータラ(Motala)を用いたqpAdmモデルは、適合度が低くなました。

 TGM009の特定の場合では、紀元前3200~紀元前2300年頃となる、「新石器時代狩猟採集民」とみなされる円洞尖底陶文化(Pitted Ware Culture、略してPWC)の個体群が、外群のモデルCセットの適切な同時代の近位ソースであるのか、検証されました。その結果、アナトリア半島新石器時代系統とロシュブール系統とKO1系統の3方向モデルが支持されます。しかし、ムータラ狩猟採集民を外群として追加すると、4方向モデルが最も支持されます。それは、アナトリア半島新石器時代系統21.7±2.4%、ロシュブール系統24.4±6.2%、スウェーデンPWC系統12.6±1.1%、KO1系統41.3±7.3%です。ヨーロッパ中部~東部の黄土地帯周辺におけるPWC集団の小さいながらも安定した寄与は、ヨーロッパ中央部における後期新石器時代集団と最後の狩猟採集民集団との間の相互作用の複雑さを追加します。


●狩猟採集民と初期農耕民との間の混合年代の推定

 DATESを用いて、早期農耕民と狩猟採集民との混合時期がさらに調べられました。主成分分析でも見られたように、両集団はライン川を挟んで東西のパターンを示します。このパターンは、狩猟採集民系統の割合だけではなく、その質的な痕跡にも依存しています。PENおよびLBR遺跡のフランス南部4集団の推定年代は、拡散してきた農耕民が、紀元前5850年頃の到来後比較的早く(100~300年のうち、紀元前5740~紀元前5450年頃)に在来の狩猟採集民と混合した、と示唆します。これらの推定年代は、初期農耕の確立に関する考古学的データとも一致しますが、混合がイタリア半島で起きた可能性も除外できません。

 フランスの他地域では、LBK後の集団はより古い混合年代を示し、狩猟採集民構成は強く、新石器時代初期段階におけるWHG関連系統狩猟採集民との混合事象が推定されます。対照的に、フランス北部のOBN 遺跡では、異なる狩猟採集民系統の割合と対応する混合年代を有する、区別可能な集団間の異質性遺伝的兆候が明らかになります。OBN3集団の推定年代間の違いは、OBN集団が最近の継続する混合事象よりもむしろ、遺伝的下部構造を示す、と示唆されます。


●フランスにおけるゴイエットQ2の追跡

 ゴイエットQ2とヴィラブルナとアナトリア半島新石器時代系統をソースとしてqpAdmを用い、マグダレニアン(Magdalenian)関連のゴイエットQ2的系統が新たなヨーロッパ西部新石器時代集団で推測されました(モデルD)。ゴイエットQ2関連構成は、フランス西部のPRI個体群(6±3%)とパリ盆地のGRG個体群(3.7±1.3%)で観察されます。イベリア半島新石器時代集団と類似して、紀元前4300~紀元前4200年頃のPRI集団は、狩猟採集民構成の1つとしてゴイエットQ2でうまくモデル化でき、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)後もゴイエットQ2構成を保持していたフランス西部の在来狩猟採集民との混合、もしくはもっと後の段階における新石器時代イベリア半島系統集団との遺伝的接触が示唆されます。注目されるのは、大西洋沿岸のPRI遺跡個体群が、ヨーロッパ狩猟採集民とのわずかに新しい年代(紀元前5200年頃)の混合を示唆していることで、これはフランス西端における新石器時代集団の到来がより遅かったことと一致します。


●ブリテン島およびアイルランド島とのつながり

 f4統計では、ブリテン島とアイルランド島の新石器時代集団が、他集団よりもフランスの大西洋沿岸のPRI集団と遺伝的浮動を共有しているのか、検証されました。以前の研究では、ブリテン島の初期農耕民集団は遺伝的にイベリア半島の農耕民集団と類似している、と示されていましたが(関連記事)、本論文でも改めて、LBR遺跡A亜集団とフランス中期新石器時代集団とイベリア半島中期新石器時代集団との類似性の共有が確認されました。これは、WHG 系統の多い狩猟採集民比率で示されます。しかし、本論文におけるフランス新石器時代遺跡群の結果に基づくと、イングランドとウェールズとスコットランドの集団は、大西洋沿岸経由だけではなく、ノルマンディーのFLR遺跡集団やパリ盆地のGRG遺跡集団やフランス南部のICC後のLBR遺跡A集団経由でも、地中海新石器時代集団とつながっている、と示唆されます。以下は、中石器時代から新石器時代にかけてのヨーロッパの狩猟採集民と農耕民の系統割合の変化を示した図4です。
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●まとめ

 ヨーロッパにおけるアナトリア半島農耕民系統は、多くの地域で報告されてきました。農耕生活様式と関連した個体群における狩猟採集民からの増加する遺伝子流動の再発パターンは、最初の接触および仮に「狩猟採集民再起」と呼ばれる事象の後に何世紀も起き、イベリア半島やヨーロッパ北部および中央部やカルパチア盆地やバルカン半島で観察されてきました。しかし、新石器時代農耕民集団拡大の主要な経路(ドナウ川沿いのヨーロッパ中央部への拡大と、地中海沿岸でのイベリア半島への拡大)に関する仮説では、ゲノムデータの比較は試みられてきませんでした。本論文が提示した一連の新たな結果は、両方の経路が交差した現在のフランスへの重要な洞察を提供します。ヨーロッパにおける異なる中石器時代の遺伝的基盤により、新石器時代集団で観察された混合狩猟採集民構成の質量に基づき、新石器時代の拡大経路の追跡が可能となります。

 フランス南部の新石器時代集団は地中海ICC拡大経路の一部で、他地域の拡大農耕民集団の早期と比較すると、異なる遺伝的構成を示し、大陸経路関連集団よりもかなり高い狩猟採集民構成の割合を示します(PEN遺跡B集団で最大56±2.9%)。フランス南部のPENおよびLBRの年代は、イタリア半島北西部のリグリーア州やフランス南東部のプロヴァンスやフランス南西部のラングドックといった地中海沿岸地域における最初の農耕民の定住よりも400年(16世代)ほど遅くなりますが、より近い世代での在来集団との混合事象(3~6世代前)が示唆されます。考古学的研究では、新石器化第2段階の地中海西部、とくに狩猟採集民の人口密度がより高い地域における、拡散してきた農耕民と在来の狩猟採集民との間の相互作用の増加が主張されています。本論文でも、フランス南部の新石器時代集団の拡大期における、そうした相互作用の遺伝的痕跡が確認されました。これは考古学的観点から、狩猟採集民が最初期農耕民の後の物質文化内で観察される明確な変化に寄与してきた、と示唆されます。

 しかし、アドリア海沿岸東部のICC個体群では、より類似しているヨーロッパ中央部集団と比較して、わずかな狩猟採集民系統しか有していません。これは、イタリア半島のアペニン山脈の両側で観察される物質文化内の技術的伝統の差異に関する仮説と適合します。それは、起源がまだ不明のバルカン半島およびティレニアとつながるアドリア海伝統集団です。ティレニア側の強い狩猟採集民構成を、同じ地域の特定の土器伝統と関連づけ、これを狩猟採集民の新たな意味づけの結果とみなす見解は魅力的です。しかし、イタリア半島中央部および南部の利用可能なゲノムデータが不足しているため、この仮説を直接的に検証はできません。さらに、イベリア半島のICC個体群も、狩猟採集民系統をあまり有しません。まとめると、ICC関連個体群がそれ自体均一な遺伝的構成を有するという仮説は棄却され、相互作用のより地域的に微妙なシナリオが主張されます。

 ヨーロッパ中央部早期農耕民は、狩猟採集民構成の割合がひじょうに低く(平均して5%)、それは農耕民拡大の初期段階におけるハンガリーのトランスダニュービアでの混合に由来する可能性が高そうです。これは、考古学的記録の一般的な観察と合致するだけではなく、最初のLBK石器群が後期中石器時代の石刃および台形石器複合と類似している理由も説明できます。これは、ドイツ黄土地域全域の最初の農耕民の速い拡大を主張する、以前の古代DNA研究も確証します。ドイツ南西部および東部のLBK集団は、ルクセンブルクのロシュブール遺跡個体よりもハンガリーのKO1個体の方と類似性を多く共有しています。ドイツ南部の遺跡群の農耕民集団における推定混合年代は、SMHで19.2±3.8世代前、SCHで12.3±8.2世代前で、カルパチア盆地およびオーストリアの混合年代より新しいか、同時代となります。共有されるKO1的狩猟採集民系統の、一時的な遅延と微妙な増加から、LBK集団を年代的に追跡でき、考古学的研究により示唆されているように、トランスダニュービアの中核地域からのLBKの拡大というモデルとよく一致します。しかし、現在の解像度では、フランス北西部のラオゲットやドイツ西部のリンブルクのような早期LBK期においてはとくに、狩猟採集民およびより西方の遺跡群の南方からの影響を有する集団との接触に関する考古学的証拠の増加は説明されません。

 ヨーロッパ中央部の状況とは対照的に、ライン川西方地域は、紀元前五千年紀に異なる遺伝的構成を示します。最初の農耕民はロシュブール関連狩猟採集民構成をより高い割合で有しており、OBN遺跡B集団に分類されるアルザス地域の個体群の中には、後には最大で33.3±3%まで増加する事例も見られます。mtDNAデータは、この知見を支持します。紀元前五千年紀のフランスの全集団において、狩猟採集民と密接な関連のあるmtHg-U5・U8の平均的な割合は、ライン川東方のLBK集団の1.4%よりも高い15.5%です。フランス北部のLBK関連個体群のゲノムデータはありませんが、この狩猟採集民構成から、最初の農耕民集団が到来した後に混合が起きた、と推測できます。

 フランス北西部中央に位置するOBN遺跡の3集団におけるヨーロッパ狩猟採集民構成をqpAdmでモデル化すると、4.3~31.8%の間の狩猟採集民構成の増加が観察され、それは在来のロシュブール関連集団に区分されます。しかし、この手法は他の同時代のフランス集団には直接的に適用できません。それは、新石器時代農耕民集団拡大の地中海沿岸経路と関連した追加の移動の可能性があるからです。この場合、フランス北部における最初のLBK農耕民の到来に続き、双方向の狩猟採集民と農耕民の相互作用の単純な過程を複雑にする可能性があります。現在のゲノムデータでは、検出された兆候が、可能性のある南方からの遺伝的寄与により混乱しているのかどうか、決定できません。しかし、フランス北部におけるGRGおよびFLR遺跡集団の推定混合年代は、より古い混合事象が30世代(840~930年前)以上前に起きた、と示唆します。フランス北部における最初の新石器時代定住の確立した年代と一致して、南部ICCで得られた重複・同時代の年代は、フランス南部における最初の狩猟採集民の寄与の兆候と一致し、それに続いて狩猟採集民系統を有する集団が北方へ拡大します。

 フランス西部中央の大西洋沿岸のPRI 遺跡とパリ盆地のGRG遺跡の個体群で検出されたゴイエットQ2的狩猟採集民構成は、LGM後もゴイエットQ2的構成が残存したイベリア半島とのつながりを示唆します。それは、ゴイエットQ2的狩猟採集構成を有する在来だったかもしれない狩猟採集民との混合、もしくはイベリア半島の最初の農耕共同体との接触、あるいは紀元前五千年紀におけるイベリア半島からの新石器時代集団との交流に起因するかもしれません。考古学的データは、これら3仮説すべてと適合的です。しかし、PRIとイベリア半島との間の遺伝的類似性が示される一方で、上述のブリテン諸島と地中海新石器時代との間の類似性から、パリ盆地経由でのおもにノルマンディーと地中海地域とのつながりが最良の説明となります。イングランドとスコットランドとウェールズは、フランス西部よりも、フランス北部・南部およびイベリア半島の方と高い遺伝的類似性を示します。対照的に、新石器時代アイルランド集団は、他のブリテン集団よりもフランス北部沿岸および地中海地域との類似性が低くなっており、大西洋の枠組み内で説明できます。この全体的パターンは、ブリテン諸島西部および東部への新石器時代農耕民集団拡大は、異なる2つの現象と速度だった、という考古学的データから提示された仮説と一致します。

 まとめると、本論文で強調されるのは、地中海西部沿岸とライン川西方地域との間の文化的および生物学的相互作用の多様なパターンです。これは、新石器時代農耕民集団の拡大期における高い変動性を確証し、過程および持続期間と同様に、狩猟採集民構成の異なる割合を示します。狩猟採集民集団間の遺伝的構造により、初期農耕民における地域的な混合をたどることができ、ライン川西方ではヨーロッパ中央部および南東部と比較して狩猟採集民系統の割合が高いものの、それは在来のWHG関連集団に起因します。狩猟採集民と初期農耕民のゲノムデータ数は増加しており、中石器時代から新石器時代への移行期の地域的な動態の解明と、大小の地域的な規模での、時間の経過に伴う過程と発展の理解を深めるのに役立ちます。本論文の観察に基づくと、大まかなモデルでは、農耕民と狩猟採集民の相互作用の充分な範囲と詳細を一致させる可能性がますます低くなった、と明らかになり、将来の研究では、より多くの地域に焦点を当てたモデルの使用が提唱されます。


参考文献:
Rivollat M. et al.(2020): Ancient genome-wide DNA from France highlights the complexity of interactions between Mesolithic hunter-gatherers and Neolithic farmers. Science Advances, 6, 22, eaaz5344.
https://doi.org/10.1126/sciadv.aaz5344

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