ゴットランド島の円洞尖底陶文化と戦斧文化の関係

 スウェーデンのゴットランド島の円洞尖底陶文化と戦斧文化の関係についての研究(Coutinho et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。物質文化の考古学的解釈は長い間、過去のヒト社会と人口動態の変化を理解する主要な手法の一つでした。最近の考古学的調査では、大規模な移住を含むヒトの移動が、多くの地域で社会的・文化的発展を形成してきた、と明らかになりました。これらの新たな結果は、考古学的記録に見られる変化とパターンがどのようにヒト集団と関連しているのか、という議論を活性化しました。しかし、解釈は時として過度に単純化される懸念があり、文化的実体とヒト集団の両方に関する見解を狭め、過去の「説明的な理論的枠組み」が不当に強化される可能性もあります。

 ヨーロッパ北部の考古学的記録は、中石器時代に続いて、紀元前五千年紀の線形陶器文化(Linear Pottery Culture、LBK)の出現、紀元前三千年紀の縄目文土器文化(Corded Ware culture、CWC)へと至る変容を示します。両方の変化とも、移住ヒト集団による人口動態事象と関連づけられています。スカンジナビア半島でもこの過程は類似していますが、新石器時代への移行は漏斗状ビーカー文化(Funnel Beaker Culture、FBC)の出現により特徴づけられます。紀元前三千年紀における戦斧文化(Battle Axe Culture、BAC)の出現は、別の重要な移住および混合事象となり、ヨーロッパ本土とバルト海地域の発展に関連しています(関連記事)。しかし、この地域では、円洞尖底陶文化(Pitted Ware Culture、PWC)と関連した狩猟採集民がまだ存在していました。

 PWCは、紀元前3400~紀元前2400年頃の考古学的記録に現れます。PWC関連の人々の出現と中石器時代狩猟採集民もしくはFBC農耕民との関係は、1世紀以上にわたって議論されてきました。PWC関連個体群と、より古い紀元前5000年頃以前となるスカンジナビア半島中石器時代狩猟採集民(関連記事)との間には強い遺伝的関係がありますが、同時代のFBC集団とPWC集団との間の低水準の混合が指摘されています(関連記事)。その後の段階では、PWCはスカンジナビア半島南部でBACと共存していました(紀元前3000/2800~紀元前2300年頃)。BACはCWCのスカンジナビア半島における変形と考えられており、その名称は、男性の墓の副葬品である金属製の戦斧を模倣した石斧に由来します。

 スウェーデン南部~中央部のBAC関連個体群は、ヨーロッパ大陸部CWC個体群と類似した遺伝的構成を示し、ヤムナヤ(Yamnaya)文化と関連したユーラシア草原地帯からの移民の影響が見られます。この草原地帯系統は、スカンジナビア半島に紀元前2800年頃には到達していました。このポントス-カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)からの大規模な移住事象は、紀元前3300年頃にはヨーロッパ東部および中央部に拡大し、在来集団に影響を与え、おそらくはCWCの出現をもたらしましたが、この過程はよく理解されていません。スカンジナビア半島におけるCWC/BACとPWCとの間の人口・経済・文化的相互作用は、新たな遺伝データを考慮しても、じゅうぶんには理解されていません。

 考古学的記録は、PWCとCWC/BACとの間の文化的表現の明確な違いを示しており、埋葬習慣と居住パターンと生計経済において最も明らかです。PWC遺跡は、エーランド島とゴットランド島とオーランド諸島を含むスカンジナビア半島南部沿岸で最もよく見られます。一方BAC遺跡は、現在のスウェーデン南部および中央部のより内陸部に分布しています。PWCの生計経済は、動物遺骸と安定同位体分析で明らかなように、おもに海洋に依存していました。PWC集団は、いくつかの遺跡で発見された炭化した穀類とイノシシ/家畜ブタの骨に示唆されるように、おそらく「新石器時代」要素を限定的に含んでいました。しかし、こうした解釈は限定的な発掘遺跡数の影響を受けます。

 220を超えるPWC墓の大半はゴットランド島で発見されており、死者は単独で平らな墓地に仰向けに葬られています。副葬品の人工物としては、狩猟具・釣具・歯のペンダント・穿孔土器などがあり、野生の獲物であるシカの骨もたまに見られます。BAC埋葬もほぼ平らな墓地で、1人もしくは2人で葬られていますが、中には火葬や二次埋葬もあり、巨石記念碑と関連しています。BAC埋葬は厳密に定式化されており、屈んで横臥する状態で葬られており、装飾土器や舟形戦斧や砥石や琥珀色のビーズなどの副葬品が共伴します。

 興味深いことに、バルト海のゴットランド島のPWC埋葬遺跡には、被葬者が座ったような状態で葬られているか、戦斧や砥石や琥珀色のビーズのようなBAC関連人工物が共伴する事例も見られます。さらにゴットランド島では、縄目土器や60個の戦斧が発見されました。これらの発見は、PWCとBACの間の何らかの接触を示します。ゴットランド島におけるBAC と関連した文化的影響を有するPWC埋葬は、両集団間の相互作用の性質の調査に使える興味深い事例です。本論文は、ゴットランド島の4ヶ所のPWC墓地遺跡で発見された25人を対象として、ゲノム分析と、BAC文化の影響がPWCに組み込まれたのは、異なる人口動態過程、たとえば族外結婚や他の移動タイプによるのか、もしくは文化的変容とアイデアの伝播によるのか、という調査結果を報告します。

 25人のうち13人は、少なくとも50の墓を含むゴッサム(Gothem)教区のヴェーステルブイェルス(Västerbjers)遺跡で、8人は85人の被葬者がいるエクスタ(Eksta)教区のアジュヴィーデ(Ajvide)遺跡で、1人はハングヴァール(Hangvar)教区のイレ(Ire)遺跡で、3人はネール(När)教区のヘモール(Hemmor)遺跡で発見されました。このうち12人はPWC埋葬に典型的な仰向けで葬られ、11人は、屈んで横臥した状態で葬られているか、戦斧のような副葬品が共伴しており、BACとの関連が見られます。後者の11人は、「BACの影響を受けた」個体群と呼ばれます。ヘモール遺跡の2人は、遺骸の保存状態が充分ではないので、どちらの埋葬様式にも分類されませんが、その墓地にはBAC関連人工物は見られません。この15人には放射性炭素年代測定法と炭素13および窒素15安定同位体分析が適用されました。この25人のうち19人の骨もしくは歯からDNAが抽出されました。この19人の遺伝データは、ゴットランド島のPWC関連の6人、スウェーデンのBAC関連の3人、エストニアとラトビアとポーランドとドイツのCWC関連の17人と比較されました。主成分分析では、ユーラシア西部現代人集団のデータセットが用いられました。

 ゴットランド島のPWC墓地遺跡であるアジュヴィーデとヴェーステルブイェルスとヘモールの19人のゲノムデータは、網羅率が0.02~4.54倍です。この19人の較正年代はおおむね紀元前2900~紀元前2500年頃ですが、ヘモール遺跡の2人(hem004とhem005)はやや古く、ヴェーステルブイェルス遺跡の1人(vbj007)はやや新しいようです。炭素と窒素の安定同位体分析では、全員が海洋性タンパク質に基づく均質な食性だった、と示され、以前のPWC集団の食性に関する研究と一致します。19人のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析の網羅率は14.6~1512.4倍です。遺伝データからは、19人のうち女性が7人、男性が12人と示されます。


●mtDNAとY染色体のハプログループおよび親族分析

 ゴットランド島のPWC関連個体群で、本論文で新たに遺伝データが得られた19人と、追加の6人の計25人のmtDNAハプログループ(mtHg)が調べられました。BACの影響を受けた被葬者11人の大半はmtHg-Uで、U5b(36.4%、4人)が最多となり、U4a2(27.3%、3人)、U4d(9.0%、1人)、U5a(9.0%、1人)と続きます。他のmtHgでは、K1a3(9.0%、1人)とT2b(9.0%、1人)が見られます。これらのうちT2b以外のmtHgは他のPWC個体群でも共有され、その他にはmtHg-HV・Vが見られます。全体的に、mtHgの分布は、以前の研究でのPWC個体群と類似しています。mtHg-Uの高頻度は、PWCがスカンジナビア半島中石器時代狩猟採集民と共有しています。本論文で比較対象とされたスウェーデンのBAC関連の3人は、BACの影響を受けたPWC個体群とは異なるmtHg-K1a2a・U4c1a・N1a1a1a1に分類されます。バルト海南部および東部のCWC個体群には、新石器時代農耕民に典型的なmtHg-H・J・K・T・Xと、狩猟採集民と関連するmtHg-U4・U5が見られ、これらのうちいくつかは、BAC関連の影響を受けた被葬者も含めてPWC個体群と重複します。

 PWC関連個体群の6人でY染色体ハプログループ(YHg)が決定され、以前の研究で示された2人と合わせると8人となります。典型的なPWC被葬者4人とBACの影響を受けたPWC被葬者3人は全員YHg-Iで、網羅率が高くより詳細に分類できた個体群では、YHg-I2a1a(CTS595)が3人、YHg-I2a1b(L161)が1人です。YHg-I2は中石器時代スカンジナビア半島狩猟採集民で以前に報告されています。YHg-I2はCWC関連の3人でも見られますが、BACおよびCWC関連男性の大半は、YHg-R1aです。mtDNAとY染色体という単系統遺伝のハプログループ頻度では、本論文で取り上げられたBACの影響を受けたPWC被葬者たちが、他のPWC関連個体群と類似している、と示唆されます。

 25人の親族関係では、ヴェーステルブイェルス遺跡で2親等程度(vbj002とvbj007、vbj001とvbj008)、アジュヴィーデ遺跡で1親等(ajv59とajv70)の関係が見つかりました。この3組6人は全員、典型的なPWC被葬者です。つまり、BACの影響を受けたPWC個体群では、親族関係が確認されなかった、というわけです。また、ペアワイズ推定では、予想よりも高い集団間の遺伝的類似性が示唆されます。


●ゲノム分析

 以前の研究と同様に、主成分分析では、新石器時代農耕民と狩猟採集民(ヨーロッパ東部系と西部系)とヤムナヤ草原地帯牧畜民が区分されました。典型的なPWC被葬者とBACの影響を受けたPWC被葬者は、以前に分析されたPWC個体群とクラスタ化します。一方、スカンジナビア半島のBACおよびヨーロッパ大陸のCWC個体群は、ヤムナヤ集団とヨーロッパ北部現代人との間でクラスタ化し、以前の観察と類似しています。しかし、PWC個体群のうち例外が1人(vbj003)おり、PWC集団外に位置し、BAC/CWC個体群により近づいています。これは、汚染除去後の網羅率が0.03倍と低く、重複する一塩基多型数が少ないために発生する擬似的結果です。

 D 検定では、ゴットランド島のPWC遺跡の被葬者は全員、参照用となる高網羅率の個体との比較では、BAC個体よりもPWC個体の方と遺伝的に類似しています。上述のように、vbj003は主成分分析では予期せぬクラスタ化を示しましたが、これは汚染と低網羅率に起因し、D 検定では明らかに他のPWC個体群と遺伝的に類似しています。対照的に、スカンジナビア半島本土のBAC関連個体(ber2)は、PWC個体群とは明らかに異なり、ドイツのCWC関連の4人は、他のPWC個体群と比較して、参照用BAC個体の方と遺伝的に近いと示されます。

 ADMIXTURE分析では、先史時代個体群がさまざまな遺伝的系統構成を有している、と示されます。本論文で新たにゲノムデータが報告されたPWC関連の19人と追加の6人は、狩猟採集民系統の割合がひじょうに大きい、と示されます。スウェーデンのBAC関連個体群は、狩猟採集民系統の割合が50%ほどで、その他に新石器時代農耕民系統を高い割合で有しますが、ヤムナヤ草原地帯牧畜民およびCWC個体群の系統も一定以上有します。

 ほとんどのPWC個体群は、埋葬状態に関係なく、新石器時代農耕民系統をわずかに有します。これは、FBC集団とBAC集団との間の低水準な遺伝子流動と、両者が相互に完全に孤立していなかったことを示唆します。また、PWC関連の25人のゲノムには、草原地帯牧畜民系統は見られませんでした。つまり、ゴットランド島のPWC関連の25人は遺伝的に類似しており、中石器時代スカンジナビア半島狩猟採集民とは遺伝的に類似しているものの同一ではなく、ゴットランド島のFBC個体群(紀元前3300~紀元前2700年頃)とは異なり、以前の研究で指摘されていたように、農耕民との低水準の混合が見られます。


●まとめ

 考古学的記録のみの研究には一定の限界があり、たとえば集団間の遺伝的関係について情報は得られません。考古遺伝学の調査には特定の有用性があり、遺伝データは、親族関係や大規模な集団関係の解明にとくに有益です。近年の考古遺伝学の研究は、特定の文化に関連する先史時代の人々の間の、大規模な集団の遺伝的パターンのいくつかを明らかにしてきました。三千年紀にわたるスカンジナビア半島の人口史では、ほぼ農耕民系統のFBC、ほぼ狩猟採集民系統のPWC、草原地帯牧畜民系統を有するBACという、遺伝的に異なる3集団の存在が解明されました。

 これらの大規模な研究は、物質文化記録における社会的過程と変異性への関連についての詳細な問題を解明する基礎となりました。今では、特定の物質文化表現と埋葬パターンに関する情報を利用する、相互作用のより精細なパターンを調査できるようになり、文化圏間の知識・信念・物質の伝播を理解するのに役立ちます。BACとPWCは異なる系統のため、BAC集団からPWC共同体への近い世代での移民を検出するのは簡単です。しかし、ゴットランド島のPWC被葬者25人は、PWCと関連した遺伝的に均質な集団の一部だったようです。ゴットランド島のBACの影響を受けたPWC関連の11人を含む全員が、BACもしくはCWC関連個体群と密接な遺伝的類似性を示しません。また、BACの影響を受けたPWC関連の11人では、親族関係の証拠が見られません。したがって、BACの影響を受けたPWCの墓は、交易と文化的接触の結果である可能性が高く、両集団間の移住や混合の兆候は見られません。

 BAC集団とPWC集団の混合の欠如は、PWC共同体がBAC共同体と相互作用したものの、遺伝的に著しくは混合していないことを示唆します。したがって、ゴットランド島のPWC埋葬地で特定のBAC要素・慣行・おそらくは儀式が見られるのは、アイデア・人口物・文化的影響の交換の結果です。PWC集団は、おそらく地元のFBC集団との接触を通じて、稀な穀類の利用も含めて他集団の慣行をたまに採用しており、安定同位体分析に基づくと、アジュヴィーデ遺跡の食性パターンはある程度異なります。さらに、PWC土器はその最初期段階では、FBC的な様式を含みます。また、FBC集団からPWC集団への低水準の混合の証拠もあります。

 土器の様式や斧の素材の多様性といった物質文化の表現における差異のため、ゴットランド島のPWC共同体はBACの特徴を利用し、より大きなPWC共同体内の他集団と自身を区別した、と推測されています。さらに、BAC集団とPWC集団はまったく分離しておらず、異なる方法で景観を利用しただけだ、とも提案されてきました。しかし、この見解は、スカンジナビア半島本土のBAC関連個体群が明確に、ヨーロッパ大陸本土を含むより大きなCWC集団の一部であることと、BAC/CWC関連個体群に特徴的な草原地帯関連系統がPWC関連個体群には存在しないことと、BAC に影響を受けた個体群も含めてPWC埋葬遺跡の被葬者全員が、海洋資源に強く依拠した食性で、BAC集団の陸生の食性とは異なることから、却下されます。

 過去10年、文化的変化の原動力として移住は復活しましたが、本論文が示すように、それは一概には言えず、遺伝子や同位体の情報に基づく、異なったり類似したりする文化集団の個体群間の相互作用の検証が、今後の研究でも必要になります。本論文が取り上げたPWCもそうですが、考古学的記録が示すように、文化圏はしばしば孤立した実態ではなく、文化的接触は異なる地域と期間で違っていた可能性が高かったようです。これは、人口動態の発展にも当てはまります。PWCとその関連の人々は、多くの側面で興味深い存在です。本論文の事例は、遺伝データと考古学的記録が、PWC関連の人々の社会動態と慣行の複雑さと変異性に関する補足的情報を提供する、と示します。

 ゴットランド島のPWC墓の被葬者全員は同じ集団に由来し、それは埋葬におけるBACの文化的影響とは関係なかった、と結論づけられます。これが示唆するのは、埋葬姿勢や副葬品といったこれらの墓におけるBAC的特徴の表現は、共存するPWC集団とBAC集団間の文化的交換を反映している可能性が高い、ということです。この2集団は遺伝的に数世紀にわたって異なったままで、明らかな文化的接触の証拠にも関わらず、両集団間の混合は低水準もしくはなかった、と示されます。


参考文献:
Coutinho A. et al.(2020): The Neolithic Pitted Ware culture foragers were culturally but not genetically influenced by the Battle Axe culture herders. American Journal of Physical Anthropology, 172, 4, 638–649.
https://doi.org/10.1002/ajpa.24079

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