ヨーロッパ新石器時代における農耕拡大の速度と気候の関係

 ヨーロッパ新石器時代における農耕拡大の速度と気候の関係についての研究(Betti et al., 2020)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。近東では完新世初期に、ヒトの生存戦略が狩猟採集から農耕牧畜への依存度の高い生計へと大きく変わりました。この新石器時代の新たな生活様式により、人口密度の増加や長期的な定住など社会が大きく変わりました。紀元前7000年頃、農耕はヨーロッパへと拡大し、まず近東に近い南東部で出現しました。ヨーロッパにおける農耕拡大は、おおむね南東から北西へと進み、狩猟採集民による農耕採用というよりは、近東起源の農耕民集団のヨーロッパへの急速な拡散によるものでした。新石器時代ヨーロッパにおいて、農耕民と在来の狩猟採集民とは遺伝的に大きく異なり、農耕民はアナトリア半島の初期農耕民と遺伝的によく似ています。

 また、考古学的データの蓄積とともに、ヨーロッパにおける農耕拡大の速度に大きな地域差があることも明らかになってきました。放射性炭素年代測定法による結果から、とくに北海とバルト海に近づくと、農耕拡大が著しく減速する、と示唆されています。これに関しては、近東から一括して導入された作物がヨーロッパ北部の寒冷湿潤な気候では上手く育たなかった、といった説明が提示されています。また新石器時代において、アジア南西部やヨーロッパ南東部と比較して、ヨーロッパ中央部および北西部の穀類と豆類の種の多様性は顕著に低い、と報告されています。これに関しては文化的要因が指摘されていますが、気候条件も一因と考えられています。

 この減速の代替的な説明は、ヨーロッパ北部では中央部もしくは南部と比較して、狩猟採集民の人口密度が高かった、というものです。その要因として、ヨーロッパ北部沿岸環境では狩猟・漁撈・採集の信頼性が高く生産的だったから、と推測されています。在来の大規模な狩猟採集民共同体の存在は、農耕民集団の拡散を妨げたかもしれない、というわけです。また、ヨーロッパに農耕が拡大した後、南部と中央部で普及様式が変わり、在来の狩猟採集民集団が次第に重要な役割を果たようなす文化変容が伴った、との見解も提示されています。

 本論文は、ヨーロッパ全域の農耕牧畜の最初の到来年代の大規模なデータベースの作成と、古気候復元と関連する速度変化の分析により、ヨーロッパにおける農耕拡大の速度を促進する気候の役割を検証します。また本論文は、観察された気候要因パターンの文脈において、早期農耕民と在来の狩猟採集民との間の相互作用を定量化するため、古代DNAデータを合成して再分析します。

 本論文は、ヨーロッパ全域の1448ヶ所の新石器時代遺跡のデータベースを分析しました。その結果、拡大は均一ではなく、いくつかの主要軸に沿って進んだ、と明らかになりました。その主要軸とは、地中海沿岸を西進してイベリア半島へと到達する経路(地中海軸)、現在のドイツなどヨーロッパ中央部へと北西方向へ進みブリテン島へと到達する経路(中央軸)、ヨーロッパ中央部を北進してスカンジナビア半島へと到達する経路(スカンジナビア軸)、北東方向へ進みヨーロッパ東部から現在のロシア西北端へと到達する経路(北東軸)です。各軸に沿った経路では、当初は急速に拡張し、隣接地域への拡大は遅くなる傾向が見られます。当初の急速な拡大に続き、中央軸では紀元前6200年頃、スカンジナビア軸では紀元前5400年頃、北東軸では紀元前5700年頃に著しい拡大の減速が見られます。中央軸の減速は大西洋沿岸に到達する前に起きているので、イギリス海峡を渡る必要性の結果ではありません。一方、航海を含んでいただろう地中海軸では、イベリア半島大西洋沿岸に到達するまで減速は見られません。

 この農耕拡大速度データと気候データを組み合わせると、農耕拡大速度は5度に設定された有効積算温度(GDD5)と明確に対推しており、GDD5が2000未満で減速が発生しました。また夏の平均月間気温も、GDD5ほどではありませんが、減速と対応しており、16度を下回ると減速が発生します。対照的に、冬の平均気温や最も乾燥した月の降水量や年間平均気温などは、減速とは関連していませんでした。これらの知見は、減速の要因が、近東で最初に栽培化された種には不適切な気候条件の地域へと到達と関連している、という仮説を裏づけます。これは、地中海軸において減速が見られないことにも支持されます。

 次に本論文は、ヨーロッパにおいて近東起源の外来農耕民集団と在来の狩猟採集民集団との間の関係が、両集団間での混合の増加に伴って変化したのかどうか、調べました。公開された295人のヨーロッパ新石器時代個体のゲノム規模データから、狩猟採集民系統の相対的寄与が定量化されました。新石器時代後半に起きた狩猟採集民系統の漸進的な増加を考慮しても、GDD5の減少に伴って狩猟採集民系統の顕著な増加があり、GDD5が1700未満の地域でとくに目立ちます。農耕拡大の遅い地域は、外来の農耕民と在来の狩猟採集民との間のより高い遺伝的混合でも特徴づけられます。また、農耕拡大の減速とそれに伴う農耕民と狩猟採集民との混合の増加が、狩猟採集民の人口密度の高さに起因するのか、調べられました。人口密度は遺跡密度で代用され、遺跡密度と混合増加との間に明確な関連性は見られませんでしたが、標本抽出の点での偏りも想定され、じっさいの人口密度を反映していないかもしれません。

 本論文の結果は以前の諸研究と合致しており、ヨーロッパにおける農耕拡大は北部で著しく減速し、農耕拡大は連続的な過程ではなくさまざまな速度で進んでいった、と示されます。本論文はこの減速の明確な仕組みを提供し、それは気候条件、より具体的にはGDD5の低下で、つまりは新石器時代の作物の成長における夏の重要性です。その適合度が低いと農耕拡大は減速する、というわけです。ヨーロッパ北部の気候条件は近東とは大きく異なるので、近東起源の作物の栽培が制約されました。農耕がヨーロッパにおいて中央部と北部に拡大する過程で、作物の種類が減少したことも先行研究で指摘されています。好みなど文化的要因だけで、ヨーロッパにおける農耕拡大の減速を説明するのは妥当ではない、というわけです。

 ブリテン諸島とスカンジナビア半島では紀元前4600~紀元前4000年頃に作物栽培が確立されましたが、その後、数世紀にわたって考古学的記録から穀類が急速に減少・消滅し、それらの穀類の収量が充分ではなかったか、予測困難なために放棄された可能性を示唆します。ブリテン諸島やスカンジナビア半島の一部では、穀類の栽培が続いても、寒さや一般的なストレスにより耐性のあるオオムギへと顕著に移行していきましたが、当初ヨーロッパに導入された近東起源の穀類には、秋に播種して翌年夏に収穫するものが含まれていました。ヨーロッパ北部のような寒冷地域では、元々は秋に播種されて翌年夏に収穫されていたオオムギが、春に播種されて秋に収穫されるようになりました。ブリテン諸島では前期青銅器時代に春に播種するオオムギ品種が導入された、という可能性も指摘されています。

 ヨーロッパにおいて、外来の農耕民と在来の狩猟採集民との混合は、近東起源の穀類の栽培に適していない地域に農耕民が拡散してくると増加しました。これは、以前に指摘された、より高緯度での狩猟採集民系統の増加を説明できます。食糧生産の信頼性が低下したため、農耕民はしだいに狩猟採集に依存するようになり、在来の狩猟採集民共同体と接触して、モノや知識を交換するようになった、と考えられます。ヨーロッパにおける、農耕民と狩猟採集民との最初期かそれに近い時期の接触と考えられる事例も報告されるようになり(関連記事)、農耕民と狩猟採集民との関係の年代・地域による違いが、今後さらに解明されていくのではないか、と期待されます。

 今後の課題として本論文が重視するのは、ヨーロッパにおける農耕拡大の減速に続くその後の拡大です。この後期の農耕拡大は速く、農耕技術の改善が示唆されますが、新たな農耕拡大地域では、農耕民と狩猟採集民との間の混合が高率で続きました。これは、農耕技術が改善されても、気候条件により恵まれた地域と比較すると狩猟採集に依存しており、農耕拡大速度に関係なく、農耕民が狩猟採集民と接触したためかもしれません。この問題の解明には、本論文の対象範囲を超えたより詳細な調査が必要です。本論文と以前の研究で示された、気候条件と強く関連するヨーロッパにおける農耕拡大の顕著な減速とともに、他の期間ではより緩やかな減速の地域もある、との見解も提示されています。この緩やかな減速は、人口や社会文化的条件など、気候以外の要因も想定されます。

 本論文は、遺跡・古気候復元・古代DNAに関する情報を統合することにより、気候がヨーロッパ新石器時代における農耕拡大、および農耕民と狩猟採集民との相互作用にどのような影響を与えたのか、一貫した見通しを提示できました。この見解の重要な検証が、現時点では放射性炭素年代測定結果が少ない、さらに東方の地域における農耕拡大の詳細な分析となります。たとえば、アジア東部における農耕拡大は、ヨーロッパと比較して充分には特徴づけられていませんが、最近の古代DNA研究では、より高緯度で狩猟採集民系統が増加するという、ヨーロッパと類似したパターンが示唆されています。今後の研究でとくに興味深いのは、近東の東部山脈地帯を起源とする農耕民が拡散した地域で、そうした厳しい気候条件で栽培化された作物はアナトリア半島の作物よりも耐寒性があったかもしれず、より厳しい気候条件下での農耕拡大減速を予測できる可能性があります。


参考文献:
Betti L. et al.(2020): Climate shaped how Neolithic farmers and European hunter-gatherers interacted after a major slowdown from 6,100 BCE to 4,500 BCE. Nature Human Behaviour, 4, 10, 1004–1010.
https://doi.org/10.1038/s41562-020-0897-7

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント