現代人の痛覚感受性を高めるネアンデルタール人由来の遺伝子

 現代人の痛覚感受性を高めるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)由来の遺伝子に関する研究(Zeberg et al., 2020)が報道されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。ネアンデルタール人および種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の共通祖先系統と現生人類(Homo sapiens)系統との推定分岐年代については、かなりの幅がありますが(関連記事)、大まかには80万~50万年前頃に収まりそうです。その後、ネアンデルタール人やデニソワ人は現生人類と交雑し、現代人にはネアンデルタール人やデニソワ人由来の遺伝的多様体が存在します(関連記事)。また、ネアンデルタール人の高品質なゲノム配列が3個体分利用可能となったため(関連記事)、多くのもしくはほとんどのネアンデルタール人の遺伝的変異を特定し、その生理的影響を調査し、現代人での影響を評価することが可能となりました。

 本論文は、ネアンデルタール人と現生人類の遺伝的差異のうち、SCN9A遺伝子を取り上げます。SCN9A遺伝子はNav1.7タンパク質をコードします。Nav1.7タンパク質は電位依存性ナトリウムチャネルで、脊髄と脳に痛覚を伝え、ネアンデルタール人のゲノムでは現代人と比較して、ミスセンス置換(アミノ酸置換をもたらす変異)が3ヶ所(M932L、V991L、D1908G)で確認されます。これらの置換はタンパク質の形状を変えます。SCN9Aの機能喪失型変異は無痛症の原因となり、機能獲得型変異では痛みに敏感となり、慢性的な痛みにかかりやすくする可能性があります。

 ネアンデルタール人に見られるこの3置換の電気生理学的影響を調べるため、Nav1.7の現代人とネアンデルタール人の多様体をエンコードする遺伝子が合成され、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)の卵母細胞にmRNAが注入されました。ネアンデルタール人型では、現代人型と比較して、イオンチャネルの不活性化曲線が小さい方に移動します。これは、活性化のためのナトリウムチャネルの利用可能性の増加をもたらし、ナトリウムチャネルが一旦活性化されると、より長く開いたままである可能性を高め、活動電位生成の閾値を下げると予測されます。

 どのアミノ酸置換が不活性化曲線の変化を媒介するのか調べるために、この3つのアミノ酸置換をコードするmRNAがそれぞれ1つずつ合成されて注入されました。その結果、単一のアミノ酸置換はイオンチャネルの不活性化に影響を与えない、と明らかになりました。次に、2つのアミノ酸置換を組み合わせたところ、3通りのうちM932L・D1908GとM932L・V991Lは不活性化に影響を与えませんでした。しかし、V991L・D1908Gの組み合わせは、3つとも置換された場合と同様に、不活性化に影響を与えました。

 ネアンデルタール人3個体いずれも、これら3置換をホモ接合型で有しますが、デニソワ人はD1908Gのみホモ接合型で有しているものの、M932LとV991Lの置換型を有していません。これは、D1908Gの置換型がネアンデルタール人とデニソワ人の共通祖先で生じたものの、その機能的影響を受けるのは、V991Lの置換型も有するネアンデルタール人だけであることを示唆します。SCN9A遺伝子のネアンデルタール人型多様体の影響が哺乳類でも見られるのか調べるため、ヒト胚腎細胞に、ネアンデルタール人型の多様体をコードするmRNAが注入されました。その結果、ヒトでも影響がある、と明らかになりました。

 次に、SCN9A遺伝子のネアンデルタール人型の3多様体が現代人に存在するのか、調べられました。1000ゲノム計画のデータセットのうち、3多様体全てを有する個体は、アフリカ(507人)とヨーロッパ(505人)では見つからなかったものの、M932LとV991Lを有する個体は、アジアの各集団では0.9~7.8%、アメリカ大陸の各集団では0.5~23.8%ほど確認されました。さらに、D1908Gはアジアの各集団では0~17.1%、アメリカ大陸の各集団では0.5~52.9%ほど確認され、M932L・V991Lと連鎖不平衡になる傾向があります。

 これらの多様体は、ネアンデルタール人およびデニソワ人との共通祖先から継承したか、6万~4万年前頃のネアンデルタール人やデニソワ人と現生人類との交雑により、現代人にもたらされた可能性があります。後者の場合、ネアンデルタール人型の多様体の存在するDNA領域は、ネアンデルタール人およびデニソワ人との共通祖先から継承した場合よりも組換えの時間が短いため、大きくなると予想されます。これらの領域の大きさを推定するため、1000ゲノム計画のデータセットでヨルバ人個体群には存在せず、ネアンデルタール人および・もしくはデニソワ人のゲノムにホモ接合型で存在し、非アフリカ系現代人の祖先集団へと遺伝子移入された可能性の高いアレル(対立遺伝子)が特定されました。M932LとV991Lの周辺のそうしたDNA領域で 14のアレルが特定され、その比較から、SCN9A遺伝子のネアンデルタール人型の3多様体は、ネアンデルタール人から現生人類へと交雑により浸透した、と結論づけられました。ただ、また、これらの結果は高品質なゲノム配列が得られているネアンデルタール人3個体のみに基づいている、と本論文は注意を喚起します。

 M932LおよびV991Lの置換は、実験および臨床的研究において、以前から疼痛感受性の増加や小径線維神経障害と関連づけられていました。イギリスのバイオバンクのデータでは、362944人のうちホモ接合型でネアンデルタール人型多様体を有する人はいませんでしたが、1327人(約0.4%)はヘテロ接合型で3多様体全てを有していました。19の痛みに関する質問への回答に基づくと、ネアンデルタール人型多様体全てを有する人々は、持たない人よりも痛みをより多く訴える傾向にありました。ネアンデルタール人型多様体を1個もしくは2個有する人も、持たない人よりも痛みをより多く訴える傾向にありましたが、有意に異なる水準でありません。

 たた、Nav1.7は嗅覚神経細胞など他の細胞でも発現しているので、ネアンデルタール人型の置換が痛みの調節を超える追加の影響をもたらしてきた可能性もある、と本論文は注意を喚起します。しかし、このネアンデルタール人型の置換の電気生理学的影響からは、有害な刺激に対する末梢神経から中枢神経系への電気信号の入力は、現生人類よりもネアンデルタール人の方で強かった可能性が高そうです。痛みの意識的認識へのそうした入力変化は、脊髄と脳の両方の水準で調節されます。主観的な痛みはこの調節で処理され修正されるので、ネアンデルタール人が現生人類よりも多くの痛みを経験した、と結論づけることはできません。しかし、上述のイギリス人の事例から推測されるように、ネアンデルタール人の末梢神経からの入力は、ネアンデルタール人が刺激に対して現生人類よりも敏感にさせた可能性が高そうです。

 この研究に関わっていない神経科学者のルーウィン(Gary Lewin)氏は、ネアンデルタール人の多様体がNaV1.7の機能に与える影響はごくわずかで、慢性疼痛に関連する他の変異よりもずっと少ない、と指摘します。また、これらの変異が有益だったので進化したのかどうか、不明です。ネアンデルタール人の人口は少なく、遺伝的多様性は低いので、現生人類との比較で、自然選択により有害な変異を効果的に除去できなかった可能性が指摘されています(関連記事)。しかし、痛みは適応的でもあり、自然淘汰の産物だったかもしれません。


参考文献:
Zeberg H. et al.(2020): A Neanderthal Sodium Channel Increases Pain Sensitivity in Present-Day Humans. Current Biology, 30, 17, 3465–3469.E4.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2020.06.045

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