小林道彦『近代日本と軍部 1968~1945』

 講談社現代新書の一冊として、講談社より2020年2月に刊行されました。本書は近代(1868~1945年)日本陸軍の通史です。陸軍に焦点を当てているとはいえ、日本近代の通史を一人で執筆することには多大な労力が必要だったでしょう。膨大な研究蓄積があるだけに、一人での通史執筆となると、本書の個々の見解への異論は少なくないかもしれませんが、日本近代史に疎い私にとっては、復習にもなって、たいへん有益でした

 本書の特徴は、陸軍視点の日本近代通史ながら、政党にかなりの分量を割いていることです。本書のこの構成の前提として、近代日本の軍隊も政党 も、士族という母胎から生まれた一卵性双生児だった、との認識があります。本書のこの認識はかなりのところ妥当だろう、と思います。そもそも、近代日本は士族を否定した国家でありながら、士族の価値観・心性を多分に継承しているのではないか、と思います。その意味で、江戸時代の士族は人口比で精々1割だったとして、近代日本における士族の意義や精神性の意義を軽視する見解には同意できません。

 本書はこの認識を前提として、近代日本における陸軍と政党との間には当初、徴兵制(平民的)軍隊と義勇兵(士族の軍隊)という対立軸があった、と指摘します。そうした対立軸は日清戦争の頃には解消され、その結果として、当初は準軍事組織を有する物騒な組織だった政党は、次第に「非武装化」されていきました。その結果として、日露戦争後に徐々に形成されていった政党政治において、二大政党間の対立がしばしば加熱していったにも関わらず、ヴァイマル期ドイツのような、政党間の本格的な武力対立は起きませんでした。

 本書からは色々と教えられましたが、重要なのは、日清戦争と日露戦争において共に、日本側が開戦当初の想定を遥かに超える戦果を得て、それが政界と軍部要人が進めようとしていた改革を抑制してしまい、その後の硬直的な体制の確立に結果として寄与してしまった側面が多分にある、ということです。また、統帥権の存在自体が「戦争と破滅への道」を必然化したわけではなく、文官が好戦的で軍部が慎重な場合には、統帥機関による「平和の克復」ですらあり得た、との指摘も重要だと思います。また、「統制派」に関して、本来は皇道派の専横抑制のために結集した永田鉄山を中心とする軍人集団で、永田没後、とりわけ二・二六事件後の多数派軍人集団(新統制派)と同一視すべきではない、との指摘も重要だと思います。

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