鉄器時代と現代のウンブリア地域の人類集団のmtDNA解析

 鉄器時代と現代のウンブリア地域の人類集団のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析に関する研究(Modi et al., 2020)が公表されました。先史時代の地中海地域では3回の重要な移住の波があり、現代人の遺伝的構成を形成しました。それは、旧石器時代の狩猟採集民と、東方からの新石器時代農耕民と、青銅器時代の始まりにおけるポントス・カスピ海草原(中央ユーラシア西北部から東ヨーロッパ南部までの草原地帯)からの牧畜民です。

 イタリア半島は、ヨーロッパ他地域と比較して現代人の遺伝的変異性が高いことから、地中海地域の人類集団の移住に重要な役割を果たした、と考えられます。これは、上部旧石器時代以来の、複数の移住の波の結果です。イタリア半島の人口史(関連記事)やローマ住民の長期的な遺伝的構成の変遷(関連記事)に関するゲノム規模研究からは、イタリア半島の人類集団の基本的な遺伝的構成はローマ以前に確立され、ローマ帝国崩壊後には大きくは変わらなかった、と示されます。

 イタリア半島の人類集団に関しては、常染色体でも単系統遺伝指標(ミトコンドリアとY染色体)でも、北部・中央部・南部を区別できる明確な遺伝的パターンの識別は困難です。南部集団はギリシアとアラブの植民化の影響を受け、北部集団にはフランス語およびドイツ語集団との混合が反映されているかもしれませんが、中央部集団は継続的な勾配を示します。イタリア半島中央部に関しては、エトルリア人とピケニ人に関して、現代人との遺伝的類似性が分析されてきましたが、もう一つの重要地域であるウンブリアはこれまで調査されてきませんでした。古代ウンブリア人の起源と民族的類似性に関しては、まだ議論が続いています。

 考古学および歴史学的データからは、紀元前9~紀元前8世紀頃となる前期鉄器時代に、ウンブリア人はエトルリア人やピケニ人とともに、よく定義された文化的属性を有する共同体をイタリア半島中央部に築いていた、と示唆されます。ウンブリア人は当初、テベレ川左岸に位置する現代のウンブリア地域東部を占拠し、すぐにウンブリア西武とトスカーナ地方に拡大しました。紀元前6世紀頃、ウンブリア文化に影響を与え始めていたエトルリア人がウンブリア西部を支配し、テベレ川はウンブリア人とエトルリア人の境界線になりました。これら古代人の間の相互作用の程度はまだ不明です。ローマ人は紀元前4世紀に初めてウンブリア人と接触し、紀元前3世紀初めにラテン植民市を建設しました。紀元前260年以後、ウンブリアはローマの完全な支配下にありましたが、エトルリア文化(および言語)が消滅したのは、紀元前90~紀元前88年の同盟市戦争の時でした。現在のウンブリアは古代よりも小さいものの、その住民の方言には大きな違いが見られます。

 ウンブリア東部の重要な墓地は、アペニン山脈の海抜760mに位置する現在のコルフィオリート(Colfiorito)にあります。ここは交通の要路ですが、鉄器時代の前には安定した人類の居住は確認されていません。しかし、資源が豊富なため、鉄器時代以降には人口が増加しました。本論文は、現在のウンブリア地域の545人のデータセットから選択された198人のミトコンドリアゲノム(このうち191人は本論文で初めて報告されます)と、現在のコルフィオリートにある鉄器時代の墓地の19人のミトコンドリアゲノムを分析し、ウンブリア地域住民の通時的な母系の遺伝的歴史を検証します。

 制御領域の分析からは、ウンブリア地域でも東部集団が遺伝的に他の亜集団と最も離れている、と示されます。これは、ウンブリア東部地域が他地域と比較して、古代もしくは最近の違いがあることを示唆します。ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)分析では、ほとんど(97%)の個体が典型的なユーラシア西部型に分類されます。主成分分析では、ウンブリア東部集団はヨーロッパ東部集団とクラスタ化します。これは、ヨーロッパ中央部および東部で高頻度のmtHg-U4・U5aに起因します。その中でもとくに、mtHg-U4a・U5a1は、ヨーロッパ北部および東部の中石器時代標本群と同様に、ヤムナヤ(Yamnaya)文化関連標本群でも確認されています。

 鉄器時代の19人のmtHgで多いのは、J(32%)・H(26%)・U(16%)です。mtHg-Jは最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)に近東で多様化し、後期氷河期にヨーロッパに拡大した、と推測されています。mtHg-Hはヨーロッパにおいて最も高頻度で見られ(40%以下)、ヨーロッパ西部から近東にかけて減少するパターンを示しますが、その起源はよく分かっていません。mtHg-UはU4を含む4系統が検出され、上述のようにこれはウンブリア東部集団をヨーロッパ東部集団へと近づけます。

 鉄器時代と現代とで、ウンブリアにおける主要なmtHgの割合が決定的に変わっているわけではありませんが、鉄器時代では32%のJが現代では12%と低下しています。しかし、ウンブリア東部では、現代でも鉄器時代とさほど変わらない割合(30%)です。ウンブリアでは、鉄器時代のmtHgが事実上すべて現代でも確認され、先ローマ期からの遺伝的連続性の可能性が示唆されます。より詳細な分析では、4万年前頃の上部旧石器時代と1万年前頃以降の新石器時代に、急激な増加を伴うヨーロッパ集団の典型的傾向が確認されます。鉄器時代標本の約半数で、より詳細なmtHg(H1e1・J1c3・J2b1・U2e2a・U8b1b・K1a4a)が現代人の標本と共有されます。

 イタリアは、地中海とアルプスに囲まれ、シチリア島とサルデーニャ島を含む、ひじょうに複雑な地理を示します。ミトコンドリアゲノム分析により、マルケ州やピエモンテ州やトスカーナ州やサルデーニャ島の特殊性が明らかになっています。しかし、他地域に関しては、詳細で網羅的な地理的特性の評価はまだ行なわれていませんでした。本論文は、ウンブリア地域のmtDNAの多様性を報告します。ウンブリア地域のmtHgのほとんど(97%)はユーラシア西部で典型的なものです。ウンブリア地域全体でこれらのmtHgの割合は比較的均一ですが、mtHg-Kが南部では高頻度(17%)であることや、mtHg-Jが東部では高頻度(30%)であることが注目される例外です。ユーラシア西部集団を対象にした主成分分析では、ウンブリア南部と東部がヨーロッパ中央部および東部集団と近くなり、上述のように、これはウンブリア南部と東部でmtHg-U4・U5aが高頻度だからです。

 より詳細なmtHg分析では、ウンブリア地域における先ローマ期の鉄器時代から現代までの遺伝的連続性が示唆されます。この遺伝的構成は、さまざまな地域の集団が異なる時代にウンブリア地域に到来したことにより形成された、と推測されます。それは、東方からの新石器時代農耕民や、青銅器時代のヤムナヤ文化関連集団などです。鉄器時代以後、中世にも、ある程度の人々の到来が考えられます。こうしたウンブリア地域の通時的な遺伝的構成の変遷は、イタリア半島全体の遺伝的データとよく適合します。既知のゲノム分析におけるイタリアのクラスタは、大まかにはサルデーニャ島・北部・南部ですが、そのうち北部と南部がイタリア半島中央部、より正確にはウンブリア地域で重複します。その意味でも、ウンブリア地域のより詳細な遺伝的構成の解明が期待されます。


参考文献:
Modi A. et al.(2020): The mitogenome portrait of Umbria in Central Italy as depicted by contemporary inhabitants and pre-Roman remains. Scientific Reports, 10, 10700.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-67445-0

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