ホラアナライオンのmtDNA解析

 絶滅したホラアナライオン(Panthera spelaea)のミトコンドリアDNA(mtDNA)解析結果を報告した研究(Stanton et al., 2020)が公表さました。ホラアナライオンは更新世末(最後の化石記録は較正年代で14219±112年前)に絶滅するまで、全北区全域で頂点捕食者でした。ホラアナライオンは現生ライオンより大きく、更新世の洞窟芸術からは、ホラアナライオンには鬣がなかった、と示唆されます。しかしホラアナライオンは、集団生活や求愛儀式のようないくつかの行動的特徴を現生ライオンと共有していました。

 ホラアナライオンの分類に関しては議論があり、ライオン(Panthera leo)の亜種(Panthera leo spelaea)もしくはトラ(Panthera tigris spelaea)とより密接に関連している、と主張されてきました。とくに、ホラアナライオンと現生ライオンとの間の分岐年代の分子推定は、研究によりかなり異なっており、60万年前頃とも、293万~123万年前頃とも推定されています。以前の研究では、ATP8と制御領域の348塩基対に基づき、ホラアナライオンにおける二つの主要なmtDNAハプログループ(mtHg)が特定され、標本の年代とそのmtHgとの間には関連があり、一方のmtHgは41000年前頃に消滅した、と示されました。

 頭蓋と下顎の形態学的分析では、アラスカのヤクート(Yakutia)とカナダのユーコン準州のホラアナライオンはヨーロッパのホラアナライオンよりも小さいと示され、ベーリンジア(ベーリング陸橋)のライオンは異なる亜種(Panthera spelaea vereshchagini n.subsp)と結論づけられました。しかし、ホラアナライオンに関する全ての遺伝学的な先行研究は、小さなミトコンドリア断片のみを用いたか、限定的な標本数に基づいていたので、ホラアナライオン間およびホラアナライオンと現生ライオンとの間の系統的構造は、ほとんど未解決のままでした。

 この研究では、ホラアナライオンの全生息範囲を対象に、放射性炭素年代測定法の限界(5万年前頃)を超えた古い年代化石記録も含めて、31頭のホラアナライオンのミトコンドリアゲノム多様性が調査されました。また、複数の新たな放射性炭素年代が測定され、遺伝的データを利用しての曖昧もしくは放射性炭素年代測定法の限界を超えた年代の標本の年代推定と、ライオンとホラアナライオンとの間の分岐年代の推定と、ホラアナライオンの種内ミトコンドリア多様性の調査が可能となりました。以下、本論文で分析されたホラアナライオン標本の位置と年代を示した本論文の図2です。
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 ミトコンドリアゲノム分析では、ホラアナライオンと現生ライオンはそれぞれクレード(単系統群)を形成します。ホラアナライオン標本の年代は、おもに放射性炭素年代測定法に基づいていますが、それが利用できなかったり、限界年代(5万年前頃)を超えたりしたような場合は、遺伝学的に年代が推定されました。これらに基づき、ホラアナライオンと現生ライオンとの分岐は185万年前(信頼区間95%で291万~52万年前)と推定されました。これは以前の推定年代(293万~123万年前)とおおむね一致します。一方、全ゲノム配列を活用して、派生的アレル(対立遺伝子)と雄X染色体とミスマッチ率から、化石記録に依拠せずに推定された両者の分岐年代は50万年前頃です(関連記事)。放射性炭素年代のみを用いて分析した場合の両者の推定分岐年代は55万年前頃(396万~17万年前頃)です。本論文は、分子時計の不確実性も考慮して、より妥当と考えられる化石記録も考慮した古い推定分岐年代の方を採用しています。ただ、この推定年代は化石記録による較正に大きく依拠しているので、将来改訂される可能性もある、と本論文は指摘します。

 ホラアナライオンにおけるもっとも深い推定分岐年代は97万年前(信頼区間95%で161万~20万年前)で、他の個体群と最も早く分岐したA系統は、シベリア北東部のビリビノ(Bilibino)で2008年に発見された643394年前の1個体のみで代表されます。ただ、この標本の出所が不確かなことや、この標本と同一個体かもしれない他の標本の年代が61000年前や28700年前と推定されていることなどから、本論文はA系統の推定に関して注意を喚起しています。

 ホラアナライオンにおける次に深い分岐は578000年前(信頼区間95%で124万~108000年前)で、残りの標本はこのクレードBとクレードCに分類されます。クレードBには419000~28000年前頃の標本が、クレードCには311000~136000年前頃の標本が含まれます。興味深いことに、mtHgと地理との間には強い関連性がありました。クレードBとCの間には地理的重複もありますが、クレードBはほぼベーリンジアに限定され、1標本を除いてヤナ川の東方で発見されました。クレードCはオランダからシベリア東部までユーラシア全域に分布しますが、1標本を除いてベーリンジアでは見つかっていません。28000年前頃より新しい標本は全てクレードCに分類され、クレードBはホラアナライオンの絶滅の1万年以上前に消滅したかもしれません。以下、ホラアナライオンの系統関係を示した本論文の図1です。
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 本論文の結果は、ホラアナライオンが前期更新世に現生ライオン系統と分岐した、と示唆します。前期更新世は、159万年前頃のホラアナグマの分岐や、250万年前頃のアフリカとユーラシアのハイエナの分岐など、大型動物相の多様化において重要な時期だったようです。本論文の結果は、ホラアナライオンと現生ライオンを形態と遺伝的データに基づいて異なる種と仮定した以前の研究と一致します。mtHgに基づくと、ホラアナライオン系統では、971000年前頃にA系統とBC系統が分岐し、578000年前頃にB系統とC系統が分岐した、と推定されますが、いずれも完新世の前までに絶滅しました。これらの分岐は、現生ライオン亜種間の分岐よりもかなり古くなります。

 ホラアナライオンのB系統とC系統は中期更新世に分岐し、それ以降は異なる地域に分布していたようです。この地理的分布は、ホラアナライオンでもベーリンジア個体群の頭蓋と下顎がヨーロッパ個体群よりも顕著に小さい、という以前の知見と一致します。さらに、ホラアナライオンはベーリンジア個体群とヨーロッパ個体群とで獲物の好みが違っていた可能性が高く、前者はバイソンとウマを、後者はトナカイを選好したようです。これも、本論文が提示した遺伝的データと一致し、ベーリンジアのホラアナライオンは亜種(Panthera spelaea vereshchagini)と考えられます。ただ、本論文の知見はあくまでもmtDNAに基づくものなので、核ゲノムではもっと複雑なホラアナライオンの進化史が見えてくるかもしれません。


参考文献:
Stanton DWG. et al.(2020): Early Pleistocene origin and extensive intra-species diversity of the extinct cave lion. Scientific Reports, 10, 12621.
https://doi.org/10.1038/s41598-020-69474-1

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