中国のモソ人に関する本の紹介記事

 中国南西部のモソ人に関する本『女たちの王国:「結婚のない母系社会」中国秘境のモソ人と暮らす』(曹惠虹著、秋山勝訳、草思社、2017年)を取り上げた記事がなかなか話題になっているようです。モソ人については『性の進化論』でも取り上げられていたので知っていましたが(関連記事)、同書ではモソ人の生活が詳しく紹介されているようです。この記事によると、モソ人の社会は母系制で、結婚制がなく、女性には性的自由があり、財産の相続権は女性にしかないばかりか、そもそも男性には交渉権がないそうです。徹底した女性の性的自由こそフェミニズムの目的とするこの記事は、モソ人の社会をフェミニストの理想が体現されている、と評価します。

 正直なところ、この記事のフェミニズム理解には、藁人形論法ではないか、との疑問が残り、この記事が、というか同書が紹介するモソ人社会の認識の妥当性についても、判断を保留せねばならないところがかなりあるかな、とは思います。まあ、フェミニズムは一人一派といった発言もよく聞くので、フェミニストを自任する人の中には、同書で描かれたようなモソ人社会を理想視する人もいるのかもしれませんが。そもそも、私のフェミニズム理解がお粗末というか、あまりにも勉強不足なので、この記事のフェミニズム理解について的確に反論することはできません。フェミニズムについては、新自由主義や優生思想との関連などに興味があるのですが、これまであまりにも勉強不足でしたし、優先順位がそこまで高いわけでもないので、能力の問題もあり、深入りせずに今後も一般向けの言説を読むに留めておくつもりです。

 同書によると、近隣社会は13世紀のモンゴル軍襲来を期に父系社会へと転換していったのに対して、モソ人社会は母系制を維持したそうです。モソ人は交通不便な地域に居住していることからも、「原始社会」をよく保持しているのではないか、と考える人がいても不思議ではありません。しかし、モソ人の言語はチベット・ビルマ語族に分類されるようですから、その主要な起源が黄河中流および下流域の仰韶文化・龍山文化集団にある、との最近の知見(関連記事)を踏まえると、新石器時代黄河流域集団の文化的(おそらくは遺伝的にも)影響を強く受けている、と考えられます。その意味で、モソ人が「原始社会」をよく保持しているのか、かなり疑わしいように思われます。

 ただ、女性の地位低下という観点からは、モソ人が「原始社会」を比較的よく保持している、と考える人もいるかもしれません。中国史において、新石器時代には大きくなかった性差が青銅器時代に拡大した(女性の地位低下ですが、殷・西周期に関しては同位体分析の明確な証拠が得られていないので、具体的に性差の拡大が確認されているのは春秋時代以降)、との見解(関連記事)が提示されているように、社会の複雑化とそれに伴う組織的な軍事力の整備などにより、男性と比較して女性の地位が相対的に低下することは、人類史において珍しくないかもしれません。ただ、性差の小さい社会から性差が大きい社会(多くの場合は相対的な女性の地位低下)への変容は珍しくないとしても、モソ人社会のような明らかな女性優位社会は珍しく、またそのような社会が過去に一般的だったことを示すような人類学や考古学の証拠もないでしょう。その意味でも、モソ人社会が「原始社会」を比較的よく反映している、とは言いにくいように思います。

 また、モソ人が母系社会を守ってきたとしても、それがいつからなのか不明で、人類の「原始社会」が母系的だった証拠にはならないと思います。そもそも、女性の相対的な地位低下という形での性差拡大が、母系社会から父系社会への転換を示す、とも言えないでしょう。人類にとってチンパンジー(Pan troglodytes)とともに最近縁の現生種であるボノボ(Pan paniscus)の社会は、チンパンジー社会と比較して雌の地位が高いとされていますが、ボノボもチンパンジーも父系的な社会を形成しています。ボノボの母親は娘よりも息子の方の交配を支援する傾向にありますが、これも雌が出生集団を出ていくというボノボの父系的社会を反映しているからでしょう(関連記事)。

 ボノボも人類も含まれるヒト上科は、オランウータン属がやや母系に傾いているかもしれないとはいえ、現生種は現代人の一部を除いて基本的には非母系社会を形成する、と言うべきでしょう。チンパンジー属とゴリラ属と人類を含むヒト亜科で見ていくと、現生ゴリラ属はある程度父系に傾いた「無系」社会と言うべきかもしれません。現代人の直接の祖先ではなさそうで、お互いに祖先-子孫関係ではなさそうな、アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)およびパラントロプス・ロブストス(Paranthropus robustus)とイベリア半島北部の49000年前頃のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)について、前者は雄よりも雌の方が移動範囲は広く(関連記事)、後者は夫居制的婚姻行動の可能性が指摘されていることからも(関連記事)、ヒト亜科の最終共通祖先の社会は、ある程度以上父系に傾いていた可能性が高いように思います。

 しかし現生人類(Homo sapiens)は、所属集団を変えても元の集団への帰属意識を持ち続ける、双系的社会が基本と言えるように思います(関連記事)。上述のアウストラロピテクス属やパラントロプス属やネアンデルタール人の事例からは、チンパンジーと分岐した後の人類系統も、チンパンジー属のような父系的社会を形成し、高い認知能力に由来する柔軟な行動を示す現生人類において、父系にかなり偏った社会からモソ人社会に見られるようなかなり母系に偏った社会まで、多様な社会を築くようになったのだと思います。ただ、ネアンデルタール人など現生人類以外の人類の中にも、双系的社会を築いた系統がいたかもしれません。

 現生人類(あるいは他の人類系統も)は双系的社会を基本としつつ多様な社会を築きましたが、ヒト上科、あるいはオランウータン属の事例があるのでヒト亜科に限定するとしても、基本的には非母系社会が特徴で、長い時間進化してきたように思います。おそらくこれは、近親交配回避の仕組みとして進化してきたのでしょう。近親交配の忌避は人類社会において普遍的に見られ、それは他の哺乳類種でも広く確認されることから、古い進化的基盤があると考えられます。近親交配回避の具体的な仕組みは、現代人も含む多くの霊長類系統においては育児や共に育った経験です(関連記事)。したがって、人類系統においては、チンパンジー属系統や、さらにさかのぼってオナガザル科系統との分岐前から現代までずっと、この近親交配回避の生得的な認知的仕組みが備わっていたことは、まず間違いないでしょう。つまり、人類系統あるいはもっと限定して現生人類系統で独自に近親交配回避の認知的仕組みが備わったこと(収斂進化)はとてもありそうにない、というわけです。

 しかし、現生人類においては近親交配が低頻度ながら広範に見られます。最近も、アイルランドの新石器時代社会の支配層における近親交配が報告されました(関連記事)。これはどう説明されるべきかというと、そもそも近親交配を回避する生得的な認知的仕組み自体が、さほど強力ではないからでしょう。じっさい、現代人と最近縁な現生系統であるチンパンジー属やゴリラ属でも、親子間の近親交配はしばしば見られます(関連記事)。人口密度と社会的流動性の低い社会では、近親交配を回避しない配偶行動の方が、適応度を高めると考えられます。おそらく、両親だけではなく近い世代での近親交配も推測されているアルタイ地域のネアンデルタール人が、その具体的事例となるでしょう(関連記事)。

 近親交配を推進する要因としてもう一つ考えられるのは、上述のアイルランドの新石器時代の事例や、エジプトや日本でも珍しくなかった、支配層の特権性です。支配層では、人口密度などの点では近親交配の必要性がありませんが、こうした近親交配は社会的階層の上下に関わらず、何らかの要因で閉鎖性を志向するもしくは強制される集団で起き得る、と考えられます。支配層の事例は分かりやすく、神性・権威性を認められ、「劣った」人々の「血」を入れたくない、といった観念に基づくものでもあるでしょう。より即物的な側面で言えば、財産(穀類など食糧や武器・神器・美術品など)の分散を避ける、という意味もあったと思います。財産の分散は、一子(しばしば長男もしくは嫡男)相続制の採用でも避けられますが、複数の子供がいる場合、できるだけ多くの子供を優遇したいと思うのが人情です。こうした「えこひいき(ネポチズム)」も、人類の生得的な認知的仕組みで、他の霊長類と共通する古い進化的基盤に由来します(関連記事)。

 生得的な認知的仕組みが相反するような状況で、その利害得失を判断した結果、支配層で近親交配が制度に組み込まれたのではないか、というわけです。近親交配の制度的採用という点では、財産の継承も重要になってくると思います。その意味で、新石器時代以降、とくに保存性の高い穀類を基盤とする社会の支配層において、とくに近親交配の頻度が高くなるのではないか、と予想されます。もっとも、農耕社会における食糧の貯蔵の先駆的事例はすでに更新世に存在し、上部旧石器時代となるヨーロッパのグラヴェティアン(Gravettian)が画期になった、との見解もあるので(関連記事)、更新世の時点で、財産の継承を目的とした近親交配もある程度起きていたのかもしれません。

 もちろん、近親交配回避の認知的仕組みは比較的弱いので、支配層における制度的な近親交配だけではなく、社会背景にほとんど起因しないような個別の近親交配も、人類史において低頻度で発生し続けた、と思われます。近親交配の忌避は、ある程度以上の規模と社会的流動性(他集団との接触機会)を維持できている社会においては、適応度を上げる仕組みとして選択され続けるでしょう。しかし、人口密度や社会的流動性が低い社会では、時として近親交配が短期的には適応度を上げることもあり、これが、人類も含めて霊長類社会において近親交配回避の生得的な認知的仕組みが比較的緩やかなままだった要因なのでしょう。現生人類においては、安定的な財産の継承ができるごく一部の特権的な社会階層で、「えこひいき(ネポチズム)」という生得的な認知的仕組みに基づき、近親交配が選択されることもあり得ます。その意味で、人類社会において近親交配は、今後も広く禁忌とされつつ、維持されていく可能性が高そうです。

川戸貴史『戦国大名の経済学』

 講談社現代新書の一冊として、講談社より2020年6月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は、大名領国の収入と支出の分析から、戦国時代の日本経済の構造、さらにはアジア東部および南東部とのつながりまでを対象としており、戦国大名の領国経営という一見すると細かい主題ながら、広い視野を提示しているように思います。こうした一般向け書籍では、細かな論証を取り上げつつ(これも具体的な事例が多く、楽しめましたが)、大きな構造も視野に入れて提示する、という構成が理想的だろう、と私は考えています。その意味で、本書は有益であり、楽しめました。

 戦国大名の権益・収入について、各大名の出自に規定されるところがあった、と本書は指摘します。領国に古くから勢力を有して発展してきたような大名では、家臣も含めて領国内の既得権益者への配慮を欠かせない、という側面が多分にあります。その意味で、本書が取り上げている北条(後北条)氏は、領国として関東にほとんど権益を有していなかったことから、検地など権利関係の再編をやり安かった、という側面はあるかもしれません。北条氏の領国統治は、検地や貫高制の整備など、「先進的」と評価されることが多いように思いますが、それもほぼ無縁だった関東で領国を拡大したことに起因するのかもしれません。

 戦国時代の日本とアジア東部および南東部とのつながりは、16世紀半ばになって、日本において効率的な精錬法の導入による銀産出の増大・高品質化したことが促進した、と言えそうです。銀への需要を高めていた明王朝には、アメリカ大陸を支配したイベリア半島勢力からの銀も流入し、日本も世界経済に強く組み込まれていきました。この過程で、明王朝での銅銭供給が停滞したことで、貨幣を宋銭や明銭(およびそれらの模鋳銭)に依存していた日本では銭不足が起きます。その対応策として撰銭令が出され、本書は、織田信長の撰銭令が従来のそれに依拠していないとして、その画期性を評価しつつも、結局は市場の動向を読みきれておらず、銭不足の中、日本が石高制へと向かっていた、と展望しています。戦国時代の権力者は、織田信長や豊臣秀吉や徳川家康といえども、思い付きで経済を動かすことはほとんど不可能だった、と本書は指摘します。