渡哲也氏・宮内淳氏・岸部四郎氏の訃報

 私の場合、訃報を取り上げるのには普段の生活とは異なる気力が必要なので、当ブログで言及しようと思いつつ、これまで触れずにきましたが、やや気力が戻ってきた機会に、今年(2020年)亡くなった渡哲也氏・宮内淳氏・岸部四郎氏について述べておきます。まず、3氏のご冥福をお祈りいたします。私が3氏を取り上げるのは『太陽にほえろ!』と関連があったからなのですが、芸能生活において『太陽にほえろ!』の比重がひじょうに高い宮内氏はともかく、渡氏と岸部氏、とくに岸部氏に関しては、『太陽にほえろ!』への出演を知らない人も多いだろう、とは思います。

 3氏のうちまず亡くなったのは渡氏で(8月10日)、大物だっただけに、大きく報道されました。渡氏は『太陽にほえろ!』に出演していましたが、視聴率の低迷した末期だっただけに、そのことはあまり知られていないように思います。渡氏の『太陽にほえろ!』への出演は、石原裕次郎氏に最終回(関連記事)で復帰してもらうまでの代役だったわけですが、当時は、オープニングが変わったことと共に、かなり違和感がありました(関連記事)。しかし今となっては、石原氏の最終回での復帰までよく代役を務めてくれた、と感謝しています。『西部警察』をほとんど視聴したことがない私にとって、『太陽にほえろ!』以外での渡氏というと、大河ドラマでは1996年放送の『秀吉』と2005年放送の『義経』、2009~2011年にかけて放送されたスペシャルドラマ『坂の上の雲』が印象に残っています。いずれも、大物感のある役でした。

 宮内氏が亡くなったのは8月14日ですが、公表されたのは9月になってからで、まだ70歳になったばかりで、渡氏や岸部氏とは異なり、闘病生活が伝えられていなかったので、本当に驚きました。3氏の中では、宮内氏の訃報の扱いが最も小さかったように思いますが、すでに芸能界から実質的に離れて30年以上経過していただけに、仕方のないところでしょうか。宮内氏が『太陽にほえろ!』に出演していた頃は、ひじょうに視聴率が高く、当時の宮内氏の人気は本物だったのでしょうが、殉職という形で『太陽にほえろ!』を離れてから短期間で芸能界から実質的に離れていったため、その後は「あの人は今」といった扱いだったように思います。宮内氏の出演時期が『太陽にほえろ!』の全盛期と言えそうですが、宮内氏の実質的な芸能生活が比較的短かったことから、宮内氏の出演時期の『太陽にほえろ!』、とくにロッキーとの若手コンビの時期は、本放送時よりも過小評価されているように思います(関連記事)。それでも、当時の視聴者の記憶に残っているからなのか、宮内氏の訃報はTwitterではかなり話題になったように思います。2019年には宮内氏の著書が刊行されましたが、いわゆる精神世界的な本で(関連記事)、驚かされましたが、率直に言って悲しくもありました。しかし、宮内氏の著書を読んだ当時は知りませんでしたが、すでに癌で余命宣告を受けていたかもしれないと考えると、印象がまた変わってきます。もしそうならば、精神世界への傾斜を強く責めることはできない、と思います。

 岸部氏が亡くなったのは8月28日で、公表されたのは9月になってからでした。岸部氏に関しては、随分前から闘病生活が伝えられていたので、さほど驚きはありませんでした。岸部氏が『太陽にほえろ!』に出演したのは1回だけですが、宮内氏演じるボンの姉の婚約者という役だったこともあり、強く印象に残っています(関連記事)。岸部氏は厚かましくも憎めない男性を好演しており、その後の『西遊記』と『西遊記II』での好演からも、役者としても才能があると思います。それだけに、自己破産後の転落が残念でなりません。テレビ神奈川では、現在『西遊記II』が再放送されており、今年冬から春にかけては『西遊記』が再放送されていました。『西遊記II』は週1回の再放送なので、完結はまだ先になりますが、今後も岸部氏の演技に注目して再視聴を続けます。