人類史における渡海

 現生人類(Homo sapiens)は、航海により世界中に拡散しました。その最古の証拠となりそうなのは、5万年前頃のサフルランド(更新世の寒冷期にはオーストラリア大陸・ニューギニア島・タスマニア島は陸続きでした)への拡散です。5万年前頃ともなると、舟が証拠として残る可能性はほとんどないでしょうが、東ティモールのジェリマライ(Jerimalai)遺跡では、マグロのような遠海魚も含むさまざまな種類の42000年前頃の魚が発見されており、高度な計画と海洋技術が必要な遠洋漁業をしていた、と推測されています(関連記事)。この頃には現生人類は高度な航海技術を有しており、東ティモールから近いサフルランドへの拡散も、高度な航海技術により行なわれた、と考えられます。その後の画期として、5500年前頃から始まるオーストロネシア語族の拡散があり、太平洋の広範な地域からアフリカに近いマダガスカル島まで、高度な航海技術により到達しました。オーストロネシア語族の祖先集団は、福建省や台湾で発見された新石器時代個体群と遺伝的にひじょうに密接だと考えられます(関連記事)。

 遅くとも5万年前頃以降の現生人類の航海技術は明らかなので、大きな問題となるのは、非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)の航海です。人類史における最古の渡海の証拠は、インドネシア領フローレス島で得られています。フローレス島中央のソア盆地では、マタメンゲ(Mata Menge)遺跡などですでに前期~中期更新世の石器群が発見されており、ウォロセゲ(Wolo Sege)遺跡の石器群の年代は100万年以上前までさかのぼると推定されています(関連記事)。マタメンゲ遺跡では、70万年前頃の人類遺骸が発見されています(関連記事)。

 これを「渡海」と呼んで「航海」とは呼ばないのは、たとえば近隣のスラウェシ島から偶然漂着した可能性もあるからです(関連記事)。スラウェシ島では10万年以上前の石器群が発見されており、これも古代型ホモ属の可能性があります(関連記事)。ルソン島では70万年前頃の人類の痕跡が発見されており(関連記事)、これは間違いなく古代型ホモ属の所産でしょうが、じっさい、ルソン島では5万年以上前の古代型ホモ属遺骸が発見されており、ホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)と分類されています(関連記事)。

 このように、アジア南東部では古代型ホモ属による渡海の証拠が複数提示されていますが、それが航海だったのかとなると、上述のように疑問が呈されています。ホモ・エレクトス(Homo erectus)にはすでに、現生人類と同水準ではないとしても言語能力が備わっていた、との見解では、エレクトスも遠洋航海を行なっていた、と想定されています(関連記事)。フローレス島の更新世古代型ホモ属はエレクトスの子孫かもしれず(関連記事)、もしエレクトスに航海能力があったのだとすれば、フローレス島の前期~中期更新世の人類は航海により到来したのでしょう。この問題の解明は難しそうですが、エレクトスにも航海能力を認める見解は、アジア南東部における渡海の複数の証拠からも、検証に値すると思います。

 他地域での古代型ホモ属による渡海の証拠になりそうな事例は、地中海で報告されています。過去500万年以上にわたって大陸と陸続きではなかったクレタ島南西部のプラキアス(Plakias)地域で13万年前頃の石器が発見されていますが(関連記事)、年代は曖昧だったので、疑問視する研究者は多いようです。このクレタ島の13万年前頃の石器群には、掻器(scrapers)や鉈状石器(cleavers)や両面加工石器(bifaces)などが含まれており、アシューリアン(Acheulean)と分類されていて、ネアンデルタール人が製作した、と推測されています。

 南部イオニア諸島のレフカダ島(Lefkada)・ケファロニア島(Kefallinia)・ザキントス島(Zakynthos)において、合計15ヶ所の中部旧石器時代~中石器時代の開地遺跡が発見されており、このうちレフカダ島の4遺跡・ケファロニア島の3遺跡・ザキントス島の3遺跡が中部旧石器と分類されています。これらは全て中部旧石器時代の開地遺跡で、典型的なムステリアン(Mousterian)とされています。後期第四紀においても南部イオニア諸島はギリシア本土(ヨーロッパ大陸)とは地続きではなく、ギリシア本土やイタリアの中部旧石器との類似性から、ネアンデルタール人による南部イオニア諸島への航海の可能性が指摘されています(関連記事)。

 また、2018年4月のアメリカ考古学協会の会議での発表でも、ネアンデルタール人による航海の可能性が指摘されたそうです(関連記事)。ギリシアのナクソス島(Naxos)のステリダ(Stelida)などで、ネアンデルタール人の製作と思われる握斧や石刃などの石器が確認されました。ナクソス島はクレタ島の北方250kmのエーゲ海に位置し、更新世の寒冷期にも大陸と陸続きにはならなかった、と推測されています。これらの握斧や石刃はムステリアンとの類似性が指摘されています。石器の年代は現在測定中とのことで、詳細な情報は語られませんでしたが、よく層序化された地層で発見されたので、年代の信頼性は高いものになるだろう、とのことです。

 これらの事例から、地中海においてネアンデルタール人が航海技術を有していた可能性は検証に値する、と言えそうです。ただ、ギリシア南部では21万年前頃となる現生人類的な頭蓋が発見されています(関連記事)。中期更新世の時点で、レヴァントだけではなくヨーロッパ本土にも広義の現生人類系統が拡散していた可能性は高そうです。遺伝学でも、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA(mtDNA)とY染色体は、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に近い系統から現生人類に近い系統へと置換された、と推測されています(関連記事)。20万年以上前から、ヨーロッパに広義の現生人類系統が存在した可能性は高そうです。

 その意味で、10万年以上前の地中海における航海を認めるとしても、それは現生人類が行なっていたかもしれず、またネアンデルタール人の航海があったとしても、広義の現生人類系統の影響を受けた可能性も考えられます。現時点では、古代型ホモ属による渡海の証拠となりそうな事例はアジア南東部と地中海に限定されているようですが、今後、さらに広範な地域で確認され、いつかは決定的な証拠が得られるかもしれないので、研究の進展に注目しています。

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