斎藤成也編著『最新DNA研究が解き明かす。 日本人の誕生』

 秀和システムより2020年8月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書はDNA研究による日本人起源論を扱っています。表題には「最新」とありますが、進展の速い分野なので、脱稿後にも関連研究が次々と公表されていくわけで、その意味では、「最新」と謳っているのにあの研究が取り上げられていない、といった否定的感想もありそうです。しかし、この分野の本は、すでに刊行時点で「古く」なってしまっている運命は免れないわけで、この点で本書の価値が下がるものではないでしょうし、本書が一般向けであることを考えると、2020年時点での「最新」の知見という意味で、本書の表題は妥当なところだと思います。

 何よりも、集団遺伝学の基礎を解説した第1章はたいへん有益で、日本人起源論に関する本書の見解は今後急速に古くなるかもしれませんが、第1章は今後長く参照すべき内容になっており、その意味で本書の「寿命」は長くなりそうです。また、日本人起源論の学説史を解説した第2章や、ゲノム解析の基礎を解説した第3章や、集団間の比較を解説した第4章も、長く参照されていきそうです。本書は、「最新の知見」を得る目的として読めば、すぐに「時代遅れ」になるかもしれませんが、人類進化の遺伝学的研究を基礎から理解する目的ならば、長く参考書籍として読まれ続けるだけの価値があると思います。

 第5章で取り上げられた琉球列島に関しては、近年情報更新が停滞していたので、新たな情報を得るとともに、これまでの情報を整理できたので、とくに有益でした。沖縄県石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡については過去に当ブログでもたびたび取り上げてきましたが(関連記事)、6個体のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)が決定されており、M7aとB4とRに分類され、とくにM7aの頻度が高いそうです。形態学的な解析結果と合わせて、更新世琉球列島の人類は南方から到来しただろう、と本書は推測しています。

 第6章はピロリ菌ゲノムから推測される日本列島の人類史で、ピロリ菌の進化については10年以上ほとんど勉強が進んでいなかったので、たいへん有益でした。琉球集団に特有のピロリ菌2系統が人類の移動とどう関連しているのか、たいへん注目されますが、これは今年(2020年)になって大きく進展したユーラシア東部の古代DNA研究を踏まえると興味深いと思います。琉球集団特有の沖縄(B)はニュージーランドのマオリに近く、沖縄(C)は沖縄(B)とサフル(オーストラリア先住民およびパプア人)系統の中間に位置します。最近のユーラシア東部の古代DNA研究を踏まえると、沖縄(B)はアジア東部南方系統、沖縄(C)はユーラシア東部南方系統に由来するのではないか、と考えられます。今年になって大きく進展したアジア東部の古代DNA研究(関連記事)からは、ユーラシア東部への現生人類(Homo sapiens)の拡散の見通しは以下のようになります。

 まず、非アフリカ系現代人の主要な祖先である出アフリカ現生人類集団は、7万~5万年前頃にアフリカからユーラシアへと拡散した後に、ユーラシア東部系統と西部系統に分岐します。ユーラシア東部系統は、北方系統と南方系統に分岐し、南方系統はアジア南部および南東部の先住系統とサフル系統に分岐します。サフル系統と分岐した後の残りのユーラシア東部南方系統は、アジア南東部とアジア南部の狩猟採集民系統に分岐しました。アジア南部狩猟採集民系統は、アンダマン諸島の現代人によく残っています。この古代祖型インド南部人関連系統(AASI)が、イラン関連系統やポントス・カスピ海草原(ユーラシア中央部西北からヨーロッパ東部南方までの草原地帯)系統とさまざまな割合で混合して、現代インド人が形成されました。アジア南東部において、この先住の狩猟採集民と、アジア東部から南下してきた、最初に農耕をもたらした集団、およびその後で南下してきた青銅器技術を有する集団との混合により、アジア南東部現代人が形成されました。

 アジア東部に関しては、ユーラシア東部北方系と南方系とのさまざまな割合での混合により各地域の現代人が形成された、と推測されます。ユーラシア東部北方系統からアジア東部系統が派生し、アジア東部系統は北方系統と南方系統に分岐しました。現在の中国のうち前近代において主に漢字文化圏だった地域では、新石器時代集団において南北で明確な遺伝的違いが見られ(黄河流域を中心とするアジア東部北方系統と、長江流域を中心とするアジア東部南方系統)、現代よりも遺伝的違いが大きく、その後の混合により均質化が進展していきました。ただ、すでに新石器時代においてある程度の混合があったようです。また、大きくは中国北部に位置づけられる地域でも、黄河・西遼河・アムール川の流域では、新石器時代の時点ですでに遺伝的構成に違いが見られます。アジア東部南方系統は、オーストロネシア語族集団の主要な祖先となりました。「縄文人」は、アジア東部南方系統(55%)とユーラシア東部南方系統(45%)の混合としてモデル化できます。琉球集団は、本州・四国・九州を中心とする日本列島「本土」集団よりも「縄文人」の遺伝的影響が強く残っています。

 こうした新たな知見を前提とすると、沖縄(B)はアジア東部南方系統、沖縄(C)はユーラシア東部南方系統に由来すると想定すれば、整合的に解釈できるように思います。もちろん、上記の見通しはあくまでも現時点での一つのモデル化で、じっさいの人口史はもっと複雑でしょうから、過度に単純化することには慎重であるべきですが。また、上述の白保竿根田原洞穴遺跡の人類集団は、ユーラシア東部南方系統に位置づけられるのではないか、と予想しています。「縄文人」の遺伝的構成の半分以上を占めるアジア東部南方系統の影響をほとんど受けていないため、「縄文人」とは異なる形態を示すのではないか、というわけです。もちろんこれも、現時点ではとても断定できませんが。

 今年になって、チベット人の形成に関する包括的な研究(関連記事)や、ユーラシア東部草原地帯の長期にわたる古代DNA研究(関連記事)が公表されるなど、ユーラシア東部の古代DNA研究が一気に進んだ感があります。ユーラシア東部、さらにはオセアニアも、現生人類の拡散後に関しては、南北の遺伝的構造の確立と融合が大きな枠組みとして提示できるように思います。アジア東部においては、黄河流域などのアジア東部北方系統と長江流域などのアジア東部南方系統という南北の大きな違いが新石器時代の始まりまでに確立しており、新石器時代以降は、それが融合して均質化していくことで現代人の地域差が形成されていきましたが、現代でも南北の遺伝的勾配が見られます。

 しかし、ユーラシア東部とオセアニアではそれよりも大きな遺伝的違いとして、ユーラシア東部北方系統とユーラシア東部南方系統という南北間の遺伝的構造も見られ、少なくとも日本列島とチベットとアジア南東部に関しては、ユーラシア東部北方系統から派生したアジア東部系統における南北間の違いだけではなく、ユーラシア東部北方系統とユーラシア東部南方系統との違いも考慮に入れなければ、人口史の正確な復元はできないだろう、と思います。オセアニアに関しても、オーストロネシア語族集団の拡散は、それまで恐らくはユーラシア東部南方系統のみだった地域に、ユーラシア東部北方系統(から派生したアジア東部南方系統を主要な祖先とする集団)が到来し、一定以上の混合が起きたという意味で、完新世にユーラシア東部南北両系統の融合した地域として把握できるように思います。一方、モンゴルとアメリカ大陸に関しては、ユーラシア西部系統の遺伝的影響も無視できず、ユーラシア東部現代人集団の形成過程がたいへん多様だったことを示しています。


参考文献:
斎藤成也編著(2020)『最新DNA研究が解き明かす。 日本人の誕生』(秀和システム)