チベット人におけるデニソワ人由来の高地適応関連遺伝子の歴史(追記有)

 チベット人における、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)に由来する高地適応関連遺伝子の歴史に関する研究(Zhang et al., 2020)が公表されました。本論文は査読前なので、あるいは今後かなり修正されるかもしれませんが、ひじょうに興味深い内容なので取り上げます。この研究は、昨年(2019年)開催された第88回アメリカ自然人類学会総会で報告されており(関連記事)、まだ査読前ですが、論文として公表されました。

 デニソワ人は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された、現生人類(Homo sapiens)ともネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とも異なる後期ホモ属の分類群で、種区分は未定です(関連記事)。現生人類やネアンデルタール人といったホモ属の各種や、さらにさかのぼってアウストラロピテクス属の各種もそうですが、人類系統の分類群は基本的には形態学的に定義されています。しかし、デニソワ人は人類系統の分類群としては例外的に、遺伝学的に定義された分類群です。

 デニソワ人に関しては、多くの問題が未解決です。たとえば、外見や地理的範囲や現代人への詳細な遺伝的影響です。デニソワ人の遺骸は断片的なものがわずかに確認されているだけですが、最近になって、デニソワ洞窟以外にチベット高原にも存在している、と明らかになりました(関連記事)。デニソワ人はネアンデルタール人と近縁な後期ホモ属の分類群ですが、ネアンデルタール人系統との推定分岐年代には幅があり、44万~39万年前頃との研究(関連記事)や、737000年前頃との研究(関連記事)があります。

 デニソワ人に関しては、デニソワ洞窟で発見された1個体(デニソワ3)から、高品質なゲノムデータが得られています(関連記事)。ネアンデルタール人やデニソワ人といった非現生人類ホモ属(古代型ホモ属)と現生人類との交雑は大きな関心を集めており、現代人のゲノムにおけるデニソワ人由来の領域の割合は、パプア人とオーストラリア先住民とで1~5%、アジア東部および南部集団で0.06~0.5%、アメリカ大陸先住民で0.05~0.4%と推定されています。

 現代人におけるデニソワ人由来の適応的な候補遺伝子も、少なからず提示されています。その中で最もよく知られているのは、現代チベット人におけるEPAS1遺伝子で(関連記事)、これは高地の低酸素環境への適応を容易にします。チベット人のゲノムにおけるデニソワ人由来の領域の割合は低いので、EPAS1遺伝子はチベット人において選択を受けてきたのではないか、と注目されてきました。一方、パプア人やオーストラリア先住民には、EPAS1遺伝子のデニソワ人由来のハプロタイプは確認されておらず、これはチベット高原のような高地環境におらず、選択圧が作用しなかったためと考えられています。

 チベット高原は平均標高が3500m以上で、酸素濃度が低地よりもかなり低いため、ほとんどのヒトに強い生理学的なストレスをもたらします。低酸素環境への一般的な順応の一つはヘモグロビン濃度の増加で、これは血液の粘度を増加させ、妊娠合併症や心血管疾患のリスク増加と関連しています。チベット人は低地住民と比較して、ひじょうに鈍い順化反応を示し、臨床的には上昇したヘモグロビン濃度に苦しまない傾向にあります。この推定される適応反応は、低酸素応答経路の転写因子をコードするEPAS1遺伝子の多様体と直接的に関連しています。

 デニソワ人の存在がアルタイ山脈のデニソワ洞窟でしか確認されていない時には、デニソワ人の遺伝的影響を受けている現代人が、オセアニアやチベットなどデニソワ洞窟から遠く離れた地域にいることをどう説明するのか、議論となりました。これに関しては、遺伝学においてデニソワ人の複数系統からの異なる遺伝子流動事象の可能性が指摘されたことなどから(関連記事)、デニソワ人の分布範囲は広かったのではないか、と推測されました。上述のように、最近ではチベット高原におけるデニソワ人の存在が確認され、この推測の妥当性が少なくとも部分的には証明されました。

 本論文は、現代チベット人のゲノムにおけるデニソワ人由来の領域を調べ、デニソワ人からの複数の遺伝子移入の痕跡があるのか、そうならば、高地適応と関連するデニソワ人由来のEPAS1遺伝子のハプロタイプは、どの遺伝子移入事象で、いつチベット人の祖先集団にもたらされたのか、このハプロタイプの選択圧はいつ作用したのか、といった問題を検証します。本論文はそのために、以前の研究で公開された78人(そのうち30人が高網羅率の全ゲノム配列)のチベット人のデータセットからEPAS1遺伝子の配列を調べました。

 次に、チベット人のゲノムにおけるデニソワ人由来の領域に関する情報を用いて、デニソワ人からの遺伝子移入と、デニソワ人由来のEPAS1遺伝子のハプロタイプの選択開始年代が推定されました。また、統合されたデータセットの全ゲノム配列を用いて、他のアジア東部集団と同様に、現代チベット人の祖先集団へのデニソワ人からの遺伝子移入事象が2回起きた、と推測されました。本論文の結果は、アジア東部特有のデニソワ人との混合事象を示し、現生人類における適応的な遺伝子移入パターン形成する、異なる進化的過程の影響を解明します。


●チベット人の祖先における古代型ホモ属からの3回の遺伝子移入事象

 本論文は、チベット人のゲノムにおける古代型ホモ属から遺伝子移入されたと推定される断片を検出するため、SPrimeという手法を用いました。その結果、22対の常染色体全てで、古代型ホモ属に由来する断片が広く確認されました。これら検出された領域のほとんどはネアンデルタール人と高い類似性(80%)を示し、デニソワ人との類似性は低くなっています。一方、ネアンデルタール人との類似性が低く(10%)、デニソワ人との類似性が高い断片も観察されます(50%と80%)。これはデニソワ人から遺伝子移入された断片と推定され、この二峰性分布は、アジア東部におけるデニソワ人的な古代型ホモ属との2回の混合を指摘する仮説(関連記事)と一致しており、そのうちアルタイ山脈のデニソワ洞窟と合致する方は、1回の遺伝子移入事象に由来する、と予想されます。

 EPAS1遺伝子の近くでは、古代型ホモ属からの遺伝子移入と推定される2ヶ所の断片が、EPAS1遺伝子の20万塩基対内の上流と下流で推定され、それぞれアルタイ山脈のデニソワ人とは72%と42%の一致率です。適応的アレル(対立遺伝子)を有するEPAS1遺伝子内で以前に特定された断片は、ナイジェリアのヨルバ人を外群として用いたSPrimeでは検出されませんでした。これは、ヨルバ人がEPAS1遺伝子領域に古代型ホモ属のアレルをわずかに有する、という事実に起因する可能性が高く、ヨルバ人のその領域は、古代型ホモ属との共有系統か、未知の古代型ホモ属との混合か(関連記事)、アフリカからユーラシアへ拡散して古代型ホモ属と交雑した現生人類集団の一部がアフリカへと「逆流した」ことにより起きたかもしれません(関連記事)。

 ただ、ヨルバ人はEPAS1遺伝子にデニソワ人型のハプロタイプを有していませんが、この領域にいくつかの古代型ホモ属由来のアレルが存在すると、SPrimeのようなアルゴリズムを用いての遺伝子移入された領域の検出が妨げられます。じっさい、EPAS1遺伝子にデニソワ人型のハプロタイプを有さないヨーロッパ系集団(CEU)を外群として用いてSPrime分析を繰り返すと、アルタイ山脈のデニソワ人と高い類似性(82.14%)で合致するものの、アルタイ山脈のネアンデルタール人とは低い類似性(28.57%)でしか合致しない、EPAS1遺伝子の中心領域の推定される古代型ホモ属断片は検出されません。この領域では、チベット人においてSPrimeで推定される多様体は、デニソワ人により類似しており、予想されるように、チベット人と漢人との間で高い遺伝的差異化を示します。チベット人における遺伝子移入検出のための外群としてヨーロッパ系集団(CEU)を用いると、以前の観察と同様に合致率のゲノム規模の分布が得られますが、一般に推定される断片は少なく、これらはおもに、ヨルバ人を外群として用いた場合に得られたものの部分集合と示唆されます。以下、デニソワ人と現生人類との複数回の交雑の可能性を示した本論文の図4です。
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●アジア東部特有のデニソワ人からの遺伝子移入事象によるチベット人祖先にもたらされたEPAS1ハプロタイプ

 上述のように、チベット人における2回のデニソワ人からの遺伝子移入事象と、そのうち1回がアジア東部特有である可能性が示されました。本論文は次に、EPAS1遺伝子において有益なハプロタイプをもたらしたのが、この2回のうちどちらなのか、検証しました。そのため本論文は、EPAS1遺伝子における38人のチベット人の遺伝子移入断片を、デニソワ人との最高の合致率(60%以上)とネアンデルタール人との低い合致率(40%以下)を示す、SPrimeで推定される領域と比較しました。これらの断片は、アルタイ山脈のデニソワ人とより近いデニソワ人集団とのアジア東部特有の遺伝子移入事象経由だった可能性が高く、アジア南部やオセアニアのような他集団では、アルタイ山脈のデニソワ人とのこうした水準の類似性を有する遺伝子移入された断片が欠けています。

 SPrimeは個々の染色体の遺伝子移入断片を推測しないので、チベット人の各ハプロタイプにおけるデニソワ人から遺伝子移入された領域の推測には、隠れマルコフモデル(HMM)が用いられました。EPAS1遺伝子における遺伝子移入された断片は、高いデニソワ人との類似性を示し、最高のデニソワ人との類似性を有する他の断片と似た長さです。EPAS1遺伝子の断片は、領域頻度の点で外れ値にすぎず、これはこの領域に作用する正の選択の予想と一致します。これらの観察に基づくと、チベット人のEPAS1遺伝子のハプロタイプは、アジア東部特有のデニソワ人からの遺伝子移入事象によりもたらされた、と提案されます。

 しかし、単一のデニソワ人のゲノムのみとの高い類似性は、必ずしもデニソワ人に由来する遺伝子移入断片を意味しません。代わりに、ネアンデルタール人に由来するEPAS1遺伝子の有益なハプロタイプの可能性を調べるため、以前に特定されたチベット人の適応的EPAS1ハプロタイプの長さと一致する、重ならない32700塩基対において、デニソワ人とアルタイ山脈およびクロアチアのネアンデルタール人とチンパンジーでD統計を実行することにより、ネアンデルタール人間の分岐の分布が得られました。この分布は予想通り、ネアンデルタール人2個体が相互により遺伝的に関連しているため、1で最も密度が高くなります。チベット人のEPAS1ハプロタイプがデニソワ人ではなくネアンデルタール人によりもたらされた場合、ネアンデルタール人とチベット人のEPAS1ハプロタイプ間の派生的アレルの共有が増えると予想されるので、D値は分布内に位置する、と予想されます。しかし、その代わりに、EPAS1遺伝子のD値は有意に低いと明らかになり、チベット人のハプロタイプはネアンデルタール人集団に由来せず、チベット人におけるデニソワ人から適応的に遺伝子移入されたEPAS1ハプロタイプが支持される、と示唆されます。


●43000年以上前となるデニソワ人からチベット人へのEPAS1ハプロタイプの遺伝子移入

 次に、現代チベット人の祖先集団とデニソワ人との混合、およびEPAS1遺伝子に作用する正の選択の年代が推定されました。遺伝子移入されたハプロタイプは一般的に、時間の経過とともに断片化するので、混合集団における遺伝子移入された領域の長さの分布をゲノム全体で計算でき、混合年代を推測するのに使用されます。シミュレーションでは予想通り、より最近の混合年代は平均してより長い領域につながる、と示されています。しかし一部の研究では、現在のアレル頻度の1条件であるかどうかに依拠して、選択も遺伝子移入された領域の平均長に影響を及ぼす、と示唆されています。

 そこでシミュレーションにより、現在のアレル頻度を条件付けしない場合、より強い正の選択下で、遺伝子移入された領域の平均長が増加する、と確認されます。これは、正の選択下では、領域がすぐに高頻度に達する一方で、それはまだ長く、組換えにより分断されていないからです。その後、組換えの過程が継続し、ハプロタイプをより多く断片化していくにつれて、組換えが2回の遺伝子移入の領域の合同をもたらす可能性は増加します。換言すると、選択の効果は、遺伝子移入断片間の復帰組換えの可能性を高める、アレル頻度の増加により媒介されます。選択がEPAS1遺伝子多様体に作用したので、このシステムのモデル化では、正の選択と古代型ホモ属との混合の両方を考慮する必要があります。

 混合年代は1741世代前(1世代25年とすると43525年前)と推定され、95%信用区間では60000~15700年前です。推定選択年代は492世代前(12300年前)で、95%信用区間では50000~1925年前です。EPAS1遺伝子のハプロタイプの選択係数は0.018と推定されました。本論文の推定では、デニソワ人からの遺伝子移入事象は、アジア東部特有のもの(43000年前頃)がパプア人系統特有のもの(30000年前頃)よりも古くなります。


●複数の遺伝子に影響を及ぼす古代型ホモ属からの遺伝子移入

 次に、古代型ホモ属からの遺伝子移入に影響を受けた他のゲノム領域が、チベット人において正の選択の兆候を示すのかどうか、調べられました。まず、SPrimeで推定された領域が、他の高地適応候補遺伝子と重複するのかどうか、検証されました。候補遺伝子の中心領域もしくは遺伝子の隣接領域の20万塩基対内と重複する古代型ホモ属由来の断片を有する、11ヶ所の特有の領域が見つかりました。しかし、これらの断片のほとんどは正の選択の兆候を示さず、たとえば、EPAS1およびFANCA遺伝子と関連するアレルを除いて、ほとんどのSPrimeで推定されるアレルは、チベット人と漢人との間で、そのゲノム規模の平均的な遺伝的違いと比較して、有意には区別されませんでした。これは、1番染色体上の高地適応と関連するよく知られた他の遺伝子EGLN1にも当てはまり、遺伝子領域全体で遺伝的違いの増加を示し、ネアンデルタール人に由来するアレルを有しますが、古代型ホモ属由来の多様体が正の選択下にある、という証拠を示しません(古代型ホモ属由来のアレルに関しては遺伝的違いが小さくなっています)。これまでの証拠から考えると、高地適応の観点では、EPAS1遺伝子のみが明確な適応的遺伝子移入の兆候を示します。

 次に、他の生物学的経路が、正の選択を促進した古代型ホモ属の遺伝子移入からの寄与を受けたのかどうか、調べられました。ヨルバ人を外群として用いて、SPrimeから特定された全ての一塩基多型を検討したところ、そのほとんどは、おそらくネアンデルタール人かデニソワ人か他の未知の古代型ホモ属集団に由来する、と示されました。EPAS1遺伝子領域の遺伝子移入された断片は、その例外的に強い選択の兆候が他の経路でより弱い兆候を減少させる懸念から、この分析に含まれません。

 古代型ホモ属から遺伝子移入されたアレルは、ゲノムでモザイク状のパターンで保存されているので、各経路に含まれる遺伝子の古代型ホモ属由来のアレルの濃縮を検出することにより、経路の部分集合で正の選択の微妙な兆候が探されました。その結果、古代型ホモ属由来のアレルが濃縮され、正の選択下にあった可能性が推測される、5経路が特定されました。そのうち2経路は、ともにRHOQ遺伝子を含むインシュリン関連経路です。興味深いことに、この遺伝子はEPAS1遺伝子の下流(155000塩基対)にあります。


●まとめ

 以前の研究では、古代型ホモ属からの遺伝子移入は、現生人類において広範な表現型の変異に寄与し(関連記事)、多くの遺伝子移入された遺伝子は、おそらく正の選択の対象だった(関連記事)、と示されています。本論文は、この適応的遺伝子移入の最も説得力のある事例とされる、チベット人におけるEPAS1遺伝子の配列データを用いて、アジア東部におけるデニソワ人からの遺伝子移入の起源と年代に関する一連の問題に対処しました。

 本論文の結果は、アジア東部におけるデニソワ人的な古代型ホモ属との2回の混合を指摘する仮説(関連記事)を支持し、チベット人におけるEPAS1遺伝子の有益なハプロタイプは、アジア東部特有のデニソワ人からの遺伝子移入に由来し、それはアルタイ山脈のデニソワ洞窟のデニソワ人とより密接に関連したデニソワ人の1集団を含む、と示唆します。EPAS1遺伝子に加えて、古代型ホモ属からの遺伝子移入は、ゲノム全域のさまざまな遺伝子で断片を残しており、低酸素症を含む複数の生物学的経路に影響を及ぼしました。

 本論文は、アジア東部特有のデニソワ人からの遺伝子移入に関する最初の年代推定を提供します。本論文はそれを43000年前頃と推定し、これは、40000年前頃と35000年前頃のアジア東部の早期現生人類個体におけるデニソワ人の遺伝的痕跡を示した研究(関連記事)と一致します。本論文の推定からは、アジア東部特有のデニソワ人との混合事象は3万年前頃となるパプア人特有のデニソワ人との混合事象よりも古く、アジア人およびオセアニア人系統に共有される、45000年前頃となる最初のデニソワ人との混合事象(関連記事)により近い、と示唆されます。

 古代型ホモ属も含むチベット高原における人類の拡散時期に関しては、まだ議論が続いています。中華人民共和国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)では、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ではデニソワ人系統に分類される16万年以上前のホモ属の下顎が発見されました(関連記事)。また最近、白石崖溶洞の10万年前頃の堆積物からデニソワ人系統のmtDNAが確認されました(関連記事)。

 チベット北部のチャンタン(Changthang)地域にある、海抜約4600mに位置する尼阿底(Nwya Devu)遺跡では、4万~3万年前頃までさかのぼる石器が発見されていますが(関連記事)、当時、チベット高原における長期的な人類の居住は稀だった、と考えられています。チベット高原における現生人類の恒久的(通年)居住に関しては、大規模な定住は4000年前頃に始まった農耕により促進された、との見解(関連記事)が有力です。

 しかし、チベット高原における現生人類の恒久的居住は1万年以上前までさかのぼるとの見解もあり(関連記事)、4000年以上前から狩猟採集民の小集団が居住していた可能性もあります。本論文では、EPAS1遺伝子周辺の領域の長さから、アジア東部特有のデニソワ人との混合年代が43000年前頃と推定されており、これはチベット高原における現生人類の恒久的居住のほとんどの推定年代より古くなるので、この混合はチベット高原外で起きた可能性が最も高い、と示唆されます。

 さらに、EPAS1遺伝子の正の選択の推定開始年代が12000年前頃なので、デニソワ人からもたらされたEPAS1遺伝子のハプロタイプは、デニソワ人からの遺伝子移入事象の直後には選択の標的ではなく、おそらくは、後期更新世もしくは早期完新世における、チベット人祖先集団によるアジア東部低地から恒久的なチベット高原への移住と一致している、と示唆されます。上述のように、デニソワ人も含めてより早期のチベット高原における人類の到来の証拠はありますが、そうしたチベット高原の早期人類がどのくらい長くチベット高原で生き残ったのか、また遺伝的に低酸素環境に適応していたのかどうか、また現代チベット人の直接的な祖先なのかどうか、不明です。チベット人系統の古代DNAを報告した研究は一つしかなく(関連記事)、その古代DNAデータはヒマラヤ山脈のネパール側で得られたもので、最古の個体の年代は3150年前頃です。興味深いことに、これら古代の個体のうち、1750~1250年前頃と新しい2人だけで現代チベット人に存在するEPAS1アレルが確認されました。この地域の古代人の将来の研究により、チベット高原の人口史はより細かく解明されていくでしょう。

 以前の研究では、アジアにおけるデニソワ人からの遺伝子移入の年代が推定されていますが、本論文の分析とは複数の違いがあります。まず、アジア東部集団へのデニソワ人からの単一の遺伝子移入に関する推測です。以前の研究では、パプア人もしくはチベット人のゲノムにおけるデニソワ人由来の断片の全てを用いており、アジア東部人への2回のデニソワ人からの遺伝子移入事象(関連記事)の平均なのかどうか、あるいはその推定が遺伝子移入事象の一つにより近いのかどうか、不明です。対照的に本論文は、明らかに選択の標的だった単一の遺伝子データを用いています。これは、ゲノムの小さな局所的領域なので、その断片は単一の混合事象によりもたらされた古代型ホモ属由来のDNAの残りである可能性が高い、という利点があります。次の違いは、選択が領域の長さに影響を及ぼすと示されるので、本論文では推測において正の選択が考慮されていることです。他の推定は中立を前提としており、適応的に遺伝子移入された遺伝子座が、遺伝子移入のゲノム規模の要約統計量からの推定を変えるのか、あるいは偏らせるのか、不明です。たとえば、遺伝子移入された領域の長さの分布や、連鎖不平衡崩壊パターンです。最後に、本論文ではパラメータ推定に近似ベイズ計算が用いられましたが、他の研究では、推定手法も推定にいくつかの違いをもたらす可能性がある、ということです。

 本論文では、いくつかの仮定と選択がなされました。まず、わずかな情報量で、大きな信頼区間で反映される、単一遺伝子の配列データが用いられました。不確実性を減らす一つの方法は、アジア東部人におけるデニソワ人からの遺伝子移入事象によりもたらされた、推定される遺伝子移入断片を用いることかもしれませんが、それは、選択がそれらの各領域にどのように作用するのかに関して、異なる一連の仮定を必要とします。第二に、本論文ではチベット人の単純な人口統計学的モデルが想定されており、より複雑なモデルが本論文の推測にどのように影響を及ぼすのか、不明です。しかし、ボトルネック(瓶首効果)の規模が混合年代にはほとんど影響を有さないことも示されました。第三に、本論文では混合割合が0.1%と仮定されていますが、以前のゲノム規模推定では、アジア東部現代人におけるゲノム規模のデニソワ人系統の割合は、0.06~0.5%です。本論文では、計算効率を確保し、遺伝子移入を受けた集団における有益な変異の最初の喪失の可能性を減らすために、0.1%という推定割合が選択されました。

 本論文では、持続的な古代型ホモ属の変異に作用する選択が変化するという結論は予想されていませんが、より高い混合水準を用いると、持続的な変異の期間は、混合年代のより最近の推定に起因して、減少するでしょう。また本論文では、領域の長さの実際の分布がチベット人においてどのように見えるのか分からず、隠れマルコフモデルを用いて推測されました。隠れマルコフモデルがチベット人における実際の領域の長さをどの程度性格に推測できるのか不明ですが、他の手法でも類似の結果が得られます。隠れマルコフモデルが実際のチベット人の領域の長さを把握できない場合でも、隠れマルコフモデルを実際のデータとシミュレートされたデータの両方に適用することで、同じ偏りが両方で発生し、パラメータ推定値が歪む可能性は低くなる、と期待されます。

 過去10年間で、古代型ホモ属と現生人類との間の遺伝子流動が、現生人類の進化と遺伝的多様性の形成に主要な役割を果たした、と認識され始めました。古代型ホモ属からの多様体の導入は、明らかに複数の集団において地域的環境への適応を促進しました。本論文の結果は、適応的な遺伝子移入はおもに持続的な古代型ホモ属の変異で起きる、という仮説を支持し、他の適応的に遺伝子移入された遺伝子座の分析は、これが適応の起きる主要な形態なのかどうか、明らかにするでしょう。他の古代型ホモ属に由来するゲノム領域を配列し続けると、現生人類における古代型ホモ属からの遺伝子移入の高解像度の全体像が明らかになる、と期待されます。


 以上、本論文の内容をざっと見てきました。本論文は、チベット(関連記事)も含めて、今年になって大きく進展したアジア東部の古代DNA研究を踏まえねばならない、と思います(関連記事)。それに基づくと、ユーラシア東部への現生人類の拡散の見通しは以下のようになります。

 まず、非アフリカ系現代人の主要な祖先である出アフリカ現生人類集団は、7万~5万年前頃にアフリカからユーラシアへと拡散した後に、ユーラシア東部系統と西部系統に分岐します。ユーラシア東部系統は、北方系統と南方系統に分岐し、南方系統はアジア南部および南東部の先住系統とサフル系統(オーストラリア先住民およびパプア人)に分岐します。サフル系統と分岐した後の残りのユーラシア東部南方系統は、アジア南東部とアジア南部の狩猟採集民系統に分岐しました。アジア南東部の古代人では、ホアビン文化(Hòabìnhian)関連個体がユーラシア東部南方系統に位置づけられます。アジア南部狩猟採集民系統は、アンダマン諸島の現代人によく残っています。この古代祖型インド南部人関連系統(AASI)が、イラン関連系統やポントス・カスピ海草原(ユーラシア中央部西北からヨーロッパ東部南方までの草原地帯)系統とさまざまな割合で混合して、現代インド人が形成されました。アジア南東部において、この先住の狩猟採集民と、アジア東部から南下してきた、最初に農耕をもたらした集団、およびその後で南下してきた青銅器技術を有する集団との混合により、アジア南東部現代人が形成されました。

 アジア東部に関しては、ユーラシア東部北方系統と南方系統とのさまざまな割合での混合により各地域の現代人が形成された、と推測されます。ユーラシア東部北方系統からアジア東部系統が派生し、アジア東部系統は北方系統と南方系統に分岐しました。現在の中国のうち前近代において主に漢字文化圏だった地域では、新石器時代集団において南北で明確な遺伝的違いが見られ(黄河流域を中心とするアジア東部北方系統と、長江流域を中心とするアジア東部南方系統)、現代よりも遺伝的違いが大きく、その後の混合により均質化が進展していきました。ただ、すでに新石器時代においてある程度の混合があったようです。また、大きくは中国北部に位置づけられる地域でも、黄河・西遼河・アムール川の流域では、新石器時代の時点ですでに遺伝的構成に違いが見られます。アジア東部南方系統は、オーストロネシア語族およびオーストロアジア語族集団の主要な祖先となり、前者は華南沿岸部、後者は華南内陸部に分布していた、と推測されます。

 現代チベット人の主要な直接的祖先は、遺伝的にはおもにアジア東部北方系統で構成される黄河流域新石器時代集団と推測されます。現代チベット人と現代漢人との遺伝的差異は、漢人がアジア東部北方系統とアジア東部南方系統との新石器時代以降の混合の流れの中で形成され、おもに地理的な南北の勾配として現れるさまざまな割合の混合を示すのに対して、チベット人はこのアジア東部の南北両系統の混合の影響をさほど受けていない(チベット人でも地域によってはアジア東部南方系統の遺伝的影響が一定以上見られます)、と推測されることにあります。

 もう一つの違いは、漢人にはほとんど見られないユーラシア東部南方系統の遺伝的影響が、チベット人には10~20%程度と少ないながら確認されることです。これは、Y染色体ハプログループ(YHg)Dの分布とも関わっていると思います。YHg-Dの現代の分布は、日本人とチベット人において高頻度で、とくにアンダマン諸島人ではほぼYHg-D1aで占められています。日本人のYHg-D1aは、現時点ではYHgがDしか確認されていない「縄文人」に由来すると推測されます。「縄文人」は、アジア東部南方系統(55%)とユーラシア東部南方系統(45%)の混合としてモデル化できます。ホアビン文化の個体でYHg-D1が確認されていますが(関連記事)、ユーラシア東部北方系統およびそこから派生したアジア東部系統の古代DNA研究では、まだYHg-D1は確認されていないと思います。したがって、YHg-D1はユーラシア東部南方系統のみに由来する可能性が高いでしょう。

 上述のように、現代チベット人に見られるデニソワ人由来のEPAS1遺伝子ハプロタイプは、デニソワ人とアジア東部人の系統との混合事象に由来し、それはアジア東部の40000年前頃と35000年前頃の早期現生人類個体で確認されます。これは具体的には、北京の南西56kmにある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性1個体と、モンゴル北東部のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で発見された34950~33900年前頃の女性1個体です。田园個体とサルキート個体は遺伝的に類似しており、田园個体は、ユーラシア東部北方系統でも、そこから派生したアジア東部系統とは早期に分岐した系統と位置づけられます。したがって、アジア東部集団特有のデニソワ人との推定混合年代が43000年前頃であることからも、現代チベット人に見られるデニソワ人由来のEPAS1遺伝子ハプロタイプは、デニソワ人とユーラシア東部北方系統集団との混合によりもたらされた可能性が高そうです。

 問題は、デニソワ人由来のEPAS1遺伝子ハプロタイプの選択の推定開始年代が、この混合事象よりもずっと遅い12000年前頃であることです。この問題の手がかりとなりそうなのは、現代チベット人と類似した遺伝的構成のネパールの古代人のDNA研究では、デニソワ人由来のEPAS1遺伝子ハプロタイプが、3150~2400年前頃と2400~1850年前頃の個体では確認されず、1750~1250年前頃の個体で確認されていることです。

 私の知見では、これらを整合的に解釈することは困難です。選択の推定開始年代には幅があるので、実際に始まったのは、黄河流域新石器時代集団がチベット高原へと拡散して恒久的居住を開始し、農耕を定着させた完新世にまで下るかもしれません。あるいは、黄河流域新石器時代集団とよく似た遺伝的構成の集団が、末期更新世もしくは完新世最初期にチベット高原に拡散してきて恒久的居住を開始し、その時点では農耕を伴っていなかったのかもしれません。また、チベット高原でも海抜2500m以上では恒久的居住や農耕開始が遅れたものの、それ以下の地域での恒久的居住はもっと早かったでしょうから、そこで選択が始まったのかもしれません。

 いずれにしても、4万~3万年前頃のチベット高原の(ほぼ間違いなく)現生人類は、絶滅もしくは撤退により、チベット高原における恒久的居住を確立しなかった可能性が想定されます。ただ、本論文も指摘するように、農耕開始前からチベット高原には小規模な狩猟採集民集団が恒久的に居住していた可能性も考えられ、それがおもにユーラシア東部南方系統の遺伝的構成の集団だったのかもしれません。仮にそうだとして、現代チベット人において、常染色体ゲノムでは圧倒的にユーラシア東部北方系統から派生したアジア東部系統の影響が強いのに、YHgはユーラシア東部南方系統にのみ由来すると考えられるD1aが高い割合で残っているのは、不可解なことではあります。これは、同じく常染色体ゲノムではアジア東部系統の影響がずっと強いのに、「縄文人」に由来すると考えられるYHg-D1aの割合が高い、本州・四国・九州を中心とする「本土」日本人と類似しています。この問題は、社会構造や集団間の優劣関係など、複数の要因が考えられますが、現時点では私の知見で的確な見解を提示できず、今後さまざまな文献を読んで推測していくつもりです。


参考文献:
Zhang X. et al.(2020): The history and evolution of the Denisovan-EPAS1 haplotype in Tibetans. bioRxiv.
https://doi.org/10.1101/2020.10.01.323113


追記(2021年6月2日)
 本論文が『アメリカ科学アカデミー紀要』本誌に掲載されました。ざっと確認したところ、査読前の公開論文から内容はさほど変わっていないようですが、推定混合年代は1950世代前(1世代25年とすると48760年前)で95%信用区間では59500~15987年前、推定選択年代は357世代前(8930年前)で95%信用区間では42563~2000年前と修正されています。また、デニソワ人と現生人類との混合に関して、査読前論文では、デニソワ人D2系統がチベット人とパプア人の共通祖先と混合した後、デニソワ人D0系統がチベット人の祖先と、さらにその後でデニソワ人D1系統がパプア人の祖先と混合した、と推測されていますが、本論文では、D0系統がチベット人の祖先と混合した後、まずD2系統が、続いてD0系統がパプア人の祖先と混合した、と推測されています。アジア東部に関しては、パプア人の主要な祖先系統であるユーラシア東部沿岸部祖先系統の遺伝的影響を一定以上受けており、とくにチベット人はやや高めと推測されているので(関連記事)、アジア東部現代人に見られるパプア人と共通するデニソワ人からの遺伝的影響は、それに由来するかもしれません。以下、こうした修正を反映した本論文の図4です。

画像


参考文献:
Zhang X. et al.(2021): The history and evolution of the Denisovan-EPAS1 haplotype in Tibetans. PNAS, 118, 22, e2020803118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2020803118

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