平井上総『列島の戦国史8 織田政権の登場と戦国社会』

 吉川弘文館より2020年10月に刊行されました。『列島の戦国史』は全9巻で、すべて読まねばならないところですが、戦国時代の優先順位は以前ほど高くないので、まずは最も関心の高い話題を扱っているだろう本書を読むことにしました。昨年(2020年)半ば頃に電子書籍に移行したので、漫画作品の『卑弥呼』と『創世のタイガ』の単行本を除いて紙の書籍を購入しなくなり、久々に紙の書籍での購入となります。電子書籍は検索が便利ですが、読みやすさなど総合的には今でも紙の書籍の方が好みです。ただ、電子書籍は場所をとらず、紙の書籍よりも安い場合が多いので、一度電子書籍に移行すると、なかなか紙の書籍に戻る気にはなりません。

 織田信長への関心は現代日本社会においてたいへん高く、信長を取り上げた娯楽作品は、映像・小説・漫画・ゲームなど多数あります。信長に関する論評も多く、こうした娯楽作品や論評で見られる通俗的な信長像は、概ねひじょうに革新的な人物だった、というものです。一方、歴史学でも信長への関心は高いものの、近年の研究で提示される信長像は、通俗的なものとは異なるところが少なくないようです。本書は、近年の信長研究の成果を、通俗的な信長像がどのように見直されるようになったのか、説明しつつ、信長とその政権を戦国時代に位置づけます。私も信長への関心は昔から高く、色々と調べたこともありましたが、近年では以前よりも優先順位が低下しており、勉強が停滞しているので、信長に関する最新の知見を得る目的で本書を読みました。

 信長と足利義昭の関係について、義昭が都から追放された後も、義昭の息子を奉じていることを重視する見解もありますが、幕府の役割とされていた改元を信長が奏上していることなどから、義昭追放の時点で、信長は室町幕府に代わる政権を構想していた、と本書は指摘します。織田政権は東北から九州までの諸大名と関係を築き、本能寺の変の直前には、北条や大友や島津といった有力大名も織田を上位権力と認めるようになっていました。信長は室町幕府に替わる「天下」の守護者として君臨しますが、京都での滞在期間は短く、後の「天下人」である豊臣秀吉と比較して、京都には冷淡なところがあったようです。

 通俗的な信長像で「革新的」政策とされてきたものについて、たとえば関所の廃止はすでに今川において関所停止の方向性が打ち出されていた、と指摘されています。有名な楽市楽座については、すでに他の大名でも行われていたことと、楽座とはいっても信長は座を安堵もしており、座の廃止が意図されていたわけではない、と指摘されています。織田軍が強かったのは兵農分離が行なわれていたからだ、との見解については、そもそも、いわゆる兵農分離と呼ばれる状態が訪れるのは信長よりもずっと後のことだ、と指摘されています。信長の家臣団統制で本書が重視しているのは、儀礼の少なさなど信長と家臣団とのつながりの薄さにより、信長と家臣団の意志疎通があまり円滑にいかず、それが相次ぐ信長家臣の離反を招来したかもしれない、との本書は推測します。対外関係に関しては、信長は侵略意志を有していた可能性はあるものの、交易に対しては受け身だった、と本書は推測します。

 本書は織田政権期を、戦国時代の終わりの始まりと位置づけています。本書の織田政権に対する評価は、政策面では、豊臣政権の方がかなり大胆に実施しており、織田政権はどちらかと言えば他の戦国大名と共通する要素が多く、戦国大名・織田政権と豊臣政権との間には段階差がある、というものです。本書は織田政権を、室町幕府に代わる武家政権として定着しつつあり、日本の政治構造を変えていった、と評価します。その意味で、政治情勢による結果論という側面もあるものの、織田政権は政治史上重要だった、と本書は指摘します。信長は戦国時代の一般的感覚に規定されながらも、そこから少しずれた感覚も持ち、それが次の時代を準備することにつながった、と本書はまとめます。本書のこの見解は妥当だと思います。本書は織田政権に関する近年の研究を取り入れており、信長に関心のある人が現在読むべき良書になっている、と思います。

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