本村凌二『独裁の世界史』

 NHK出版新書の一冊として、NHK出版から2020年11月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は、独裁政と共和政と民主政という政治形態に着目し、「政治の失敗」をいかに克服すべきか、歴史的観点から見ていきます。本書が取り上げるのは、古代ギリシア、共和政ローマ、絶対王政からの脱却を図った18世紀以降のヨーロッパで出現した独裁者たち、共和政が千年続いた中世ヴェネツィアです。政治形態の分類はもっと複雑ではないか、ヨーロッパに偏っているのではないか、というような批判もあるでしょうが、現代の政治状況の解明・改善の手がかりを歴史から学ぶという趣旨の一般向け書籍として、興味深く読み進められました。

 まず本書は、古代民主政の本場とされるアテネは、多数のポリスの一つにすぎず、民主政が続いたのは長く見ても百年程度だった、と指摘します。貴族政だったアテネは、平民の台頭もあり、財産に基づく政治参加の道が開かれます。財産は、ポリスのためにどれだけ貢献できるのか、ということを反映していました。しかし、それから民主政へと直結したのではなく、アテネに限らずギリシアでは広く僭主(テュラノス)の出現が見られました。アテネでは僭主ペイシストラトスの時代に国力が拡大しており、経済が堅調で右肩上がりの時代には、現代中国のように、貧富の差など国内の不満は政権を揺るがすような大問題にはなりにくい、と本書は指摘します。

 僭主政は僭主個人の政治的力量に依存するので、不安定です。アテネでも、ペイシストラトスの息子の代に僭主政は終焉します。行政区の再編や陶片追放の導入などクレイステネスの改革により、僭主の出現阻止が図られましたが、陶片追放は政敵の追い落としに利用されるなど、本来の目的で機能したのか、否定的な見解も提示されています。この制度改革を前提として、ペルシア戦争で貧しい民衆が海戦で活躍したことにより、アテネ市民の政治意識は向上し、民主政が開花します。しかし、ペリクレスの時代を挟んで前後50年ほどがアテネの民主政の盛期で、短かった、と本書は指摘します。民主政が不安定だったのは、僭主政・独裁政と同じく、けっきょくは政治指導者の資質次第のところが多分にあったからだ、と本書は指摘します。本書は、民主主義を「ましなポピュリズム」と定義します。民主政はポピュリズムにすぎない、というわけです。また本書は、民主主義におけるエリート教育の重要性を指摘します。

 ローマの政体は、王政終了した後500年間ほど、独裁政と貴族政と民主政が混合したような共和政でした。ローマでは、独裁政による決断の速さという利点も取り入れつつ、独裁の暴走を阻止する仕組みが備わっており、これがギリシア世界とは異なり、ローマが世界帝国に拡大した一因だったようです。また本書は、「個」を重視したギリシア世界と、「公」を重視したローマとの違いも指摘します。ローマの共和政において重要な役割を担ったのが元老院で、独裁だけではなく、ポピュリズムと衆愚政治に陥る危険性の抑止勢力となりました。元老院と平民(民衆)の間には確たる身分差がありましたが、ともに自由人との強い意識を有していました。

 このように独裁を警戒していたローマが帝政へと移行した理由としては、そもそもローマは軍国主義的で、それ故に帝国を築いたことと、拡大の過程で市民たる農民が没落し、無産市民になり、貧富の差が拡大したことにありました。また、拡大したローマの運営で共和政が上手く機能しなかったこともあります。こうした変化の中で、ローマにおいて「公」への意識が低下していきます。こうした流れの中でカエサルが登場します。カエサルは武功により絶大な権威を確立しますが、建前としては共和政を維持しました。しかし、共和政の絶妙な力の均衡は完全に崩壊していました。カエサルは元老院勢力に殺されますが、後継者に指名されたオクタウィアヌスは、事実上の皇帝に就任し、帝政が始まります。しかし、オクタウィアヌスも慎重で、共和政を建前として掲げました。

 五賢帝の時代を経てセウェルス朝になると、軍人に依存して政権を獲得・維持する傾向が強くなり、やがて軍人皇帝の時代に入ります。この頃には、かつて独裁への歯止めだった元老院の権威はすっかり低下していました。混乱の軍人皇帝時代は、ローマの分割統治が始まり、皇帝権が強化され、ようやく収まります。帝政は、これ以前が元首政、これ以降が専制君主政と呼ばれます。ローマは4世紀末に分裂した後、統一されることはなく、西ローマはそれから100年経たずに滅亡します。本書では、東ローマはローマ人の帝国ではなく、西ローマの滅亡がローマの滅亡とされています。

 近代ヨーロッパでは、フランス革命、スターリン、ムッソリーニ、ヒトラーが取り上げられています。フランス革命の独裁としてロベスピエールが挙げられており、カエサル時代のローマをモデルにしていたらしいジャコバン派のロベスピエールに欠けていたのは、カエサルにあった寛容さだった、と本書は指摘します。フランス革命の結果生まれた独裁者がナポレオンで、後世に残した大きな影響は「国民国家」意識でした。その影響を受けてヨーロッパで国民国家の形成が進んでいき、ドイツもそうですが、本書はドイツ統一に大きく貢献したビスマルクを「良識のある独裁者」と評価しています。

 ロシアでは16世紀以降独裁政的傾向が続き、その中でもスターリンは大規模な粛清を行ないました。他に、中華人民共和国の毛沢東政権やカンボジアのポル・ポト政権の事例から、大虐殺は社会主義の産物もしくは共産主義の宿命のように見えるものの、地域的特性も大きく関わっているのではないか、と本書は推測します。古来、ユーラシア東方の国々の方が西方の国々よりも王権は強い傾向にあり、東方の国々の君主は西方と比較して一般大衆の目に触れる機会がずっと少ない、と本書は指摘します。本書は、民主政や共和政の伝統のないロシア革命で共和政的な政体が生まれる可能性は、民衆の教育水準の低さからも、ほとんどなかっただろう、と推測します。

 一方、民主政や共和政の伝統のあるイタリアでも独裁的なムッソリーニ政権が成立します。本書はこれに関して、ムッソリーニが巧みに古代ローマの印象を想起させたことが大きかったのではないか、と推測します。上述のように、ローマ共和政には軍国主義的性格が強く、本書はその本質を「共和政ファシズム」と把握しています。民衆はムッソリーニにローマ帝国の栄光の再現と強力な指導者を夢見た、と本書は指摘します。また本書は、ムッソリーニの独裁をもたらした理由として、イタリアが遅れてきた国民国家で、郷土愛が強く地域間の違いが大きいことも挙げています。一方、ヒトラーに関しては、ムッソリーニには見られない強い残虐性が、ヒトラー個人の劣等感に起因している可能性を、本書は指摘します。

 本書は、古代ギリシアとローマ、近代ヨーロッパの事例から、国家・社会には時として果断な決断を必要とする時があり、独裁者的な指導者が望ましい場合もあることを認めつつ、それを制約する必要性も指摘します。共和政ローマでは、独裁官(ディクタトル)の任期は半年に限定されていましたし、護民官など独裁者の暴走を防ぐシステムが内包されていました。ウイルス禍など疫病は自由主義的・民主主義的な手続きでは制御しづらいものの、古代ローマ史に学べば、非常事態故に半年間指導者に一任すべきといった考えも可能になるかもしれない、と本書は提言します。

 ローマより長く共和政が続いたのはヴェネツィアで、697年に最初のドージェ(執政官)が選出されてヴェネツィア共和国が成立し、1797年にナポレオンに征服されるまで、変容しつつも1000年以上、独自の共和政を維持しました。ヴェネツィアは領土拡大を志向しない通商交易国家で、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)など近隣の大国が商業交易活動にさほど熱心ではない中、アジアとヨーロッパをつなぐ交易で富を蓄積しました。ヴェネツィアの人々は、共和政も民主政も一定以上の規模になると破綻すると認識していたのではないか、と本書は推測します。ヴェネツィアを支えたのが、造船技術と外交力でした。ヴェネツィアでは、独裁者の出現を防ぐために、限られた統治階級の人々の共同責任による共和政が導入されていきます。また、ドージェを選出するさいに、抽選と選挙を何度も繰り返す手法が導入されました。またヴェネツィアでは、指導者が世襲されることを警戒する気風もありました。しかし、議員の世襲制度は認められており、貴族の存在を前提と下共和政は、国家運営の「安定装置」として機能した側面もあることを、本書は指摘します。本書は、現代日本がヴェネツィアの共和政に学ぶべきことは多い、と提言します。

 本書は最後に、近い将来訪れるかもしれない「デジタル独裁」の可能性を取り上げています。人類は、AIという新たな神々の声を聴く時代へと突入しつつあるかもしれない、というわけです。本書は、AIによる「デジタル独裁」は、その判断の正しさから、プラトンが哲人皇帝を肯定したように、人々に受け入れられる可能性を指摘します。本書はこの「デジタル独裁」に関して、肯定的な側面がある可能性にも言及します。デジタル化やAI化の進展で人間に充分な時間ができ、新たな共同体が形成される可能性があり、共産主義が理想として語る、生産力の向上による人間の自由が実現されるかもしれない、というわけです。本書はこれと、古代ギリシアやローマの「市民社会」が奴隷を前提として成立していたこととの類似性を指摘します。

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