中邑徹『地震とミノア文明』

 「自然異変と文明シリーズ」の一冊として、白水社より2020年11月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書はミノア文化を地中海世界に位置づけ、近東およびヨーロッパとの関連で論じます。また表題にあるように、本書はミノア文化に大打撃を与えた地震に着目し、クレタ島やその周囲の地理・地形も詳しく解説しています。ミノス王朝下のミノア文化最盛期には、クレタ島のクノッソス宮殿周辺では、2万人以上の住民が経済活動に従事していた、と推測されています。

 農村は小規模でしたが、最大で200人規模の農村が存在した可能性も指摘されています。ミノア文化は優れた青銅製品を輸出し、その原材料となる銅や錫を輸入するため、キプロス島など東地中海にも進出しました。古代地中海世界における青銅製品の普及は、ミノア文化の優れた青銅生産技術と海上交易圏拡大が大きかった、と本書は指摘します。こうした地中海世界の交流の中で、ミノア文化とエジプトとのつながりも生じました。ミノア文化とフェニキアとの深い交易関係もあり、紀元前1600年頃のテラ島のカルデラ噴火後にミノア文化が衰退すると、フェニキアは急成長します。

 ミノス王朝のクノッソス宮殿は、紀元前1700年頃の大地震で破壊され、その後再建されました。クノッソス宮殿の最終的な破壊と原因については議論があり、紀元前1450年頃のミケーネ王国によるクレタ島への侵攻が原因との説もありますが、最近では、紀元前1600年頃のテラ島のカルデラ噴火による地震と津波が原因と指摘されています。しかし、津波と地震の後の数世代にわたる政治的混乱と内紛拡大が原因との見解も提示されています。紀元前1600年頃のテラ島のカルデラ噴火による自然変異が収まった後、ミケーネ王国がクレタ島に侵入し、ミノス王朝に代わってエーゲ海群島を支配しました。

 古代DNA研究によると、当時のミケーネ王国とクレタ島の住民の遺伝的構成は類似していましたが、前者には後者と異なり、ユーラシア草原地帯もしくはアルメニア系統が見られます(関連記事)。紀元前1200~1100年頃、ミケーネ王国は「海の民」も関わった東地中海の大混乱の中で滅亡し、ギリシア本土は「暗黒時代」に入ります。この大混乱の中で、青銅器時代から鉄器時代へと移行します。しかし本書は、この「暗黒時代」を経ても、ミノア文化の遺産がギリシア世界に受け入れられたことを指摘します。

 テラ島の大噴火の後、ミノス王朝は衰退し、ミケーネ王国がクレタ島を支配しますが、ミケーネ王国の植民地拡大とともにミノア文化の影響は広がり、「海の民」も関わった青銅器時代末期から鉄器時代にかけての地中海東部の混乱にも関わらず、継承されていきました。その一例が、ミノア文化で筋力と速さと精神力を競う行事で、アテナイにおいてオリンピックとして定着しました。食文化でもミノア文化の影響は後世に伝えられており、単に「滅亡した文化」と把握することはできないでしょう。尤もこれは、他の「滅亡した」と認識されている文化にも当てはまるでしょうが。

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