後期更新世アジア北部におけるY染色体ハプログループC2aの拡大とアメリカ大陸先住民の起源

 後期更新世アジア北部における特定のY染色体ハプログループ(YHg)C2aの拡大とアメリカ大陸先住民の起源に関する研究(Sun et al., 2021)が公表されました。以前の考古学的および遺伝学的研究では、アジア北部における現生人類(Homo sapiens)の出現と最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)後の再拡大に関わる過程が明らかにされてきました。アルタイ山脈からチュクチ半島にいたるアジア北部では、一連の旧石器時代遺跡が発見されており、古代DNA研究では、24000年前頃のシベリア南部中央のマリタ(Mal’ta)遺跡の少年1個体のゲノムに代表される「古代北ユーラシア」人口集団が、現代ユーラシア人およびアメリカ大陸先住民の遺伝子プールに大きく寄与した、と示されています(関連記事)。24000~18000年前頃のLGMは、アジア北部の人口集団の遺伝的構造を強く再形成しました(関連記事)。LGM後、さまざまな地域の古代人口集団は、アジア北部全域に再拡散しました。これら古代人口集団間の長期の混合はついに、アジア北部の現代人集団の出現につながりました。

 以前の調査では、アジア北部の人口集団は4系統のYHgと多くの稀な系統で構成されます。たとえば、YHg-Nは、ウラル語族の唯一の創始者父系で、ツングース語族やモンゴル語族やテュルク語族人口集団において高頻度ですが、YHg-C2a1a3(M504)はモンゴル語族人口集団の創始者父系の一つです。古代および現代の人口集団両方の研究により、YHg-C2a1a1b1(F1756)が東胡(Donghu)や鮮卑(Xianbei)や室韋(Shiwei)や楼蘭(Rouran)といった人口集団で優勢な系統だった、と示されました。YHg-C2a1a2a(M86)はツングース語族の人々の唯一の創始者父系です。これら4系統のYHgの下位系統は過去5000年に出現しました。

 YHg-C2a(L1373)には多くの少数派の下位系統があり、ユーラシア大陸とアメリカ大陸の人口集団から無作為に検出されてきました。たとえば、コリャーク人(Koryak)のYHg-C2a1a1b2(B77)・C2a1a4c(B79)・C2a1a2b1(B91)、朝鮮人のYHg-C2a1b(BY145927)、日本人のC2a1a4(M8574)です。一般的に、これら稀な系統のほとんどの起源と拡散過程は曖昧なままです。以前の研究では、YHg-C(M130)もしくはC2(M217)もしくはC2a1a1a(P39)の広範な分布が明らかにされてきました。重要なことに最近の研究では、エクアドルのワランカ人(Waranka)集団で新たなYHg-C2a2b(MPB373)が識別されており、アメリカ大陸先住民の祖先集団の形成における「短いベーリンジア停止」期間を裏づける、と示唆されています(関連記事)。古代DNA分析では、1万年前頃となるブラジルのCP19個体(関連記事)と、ロシア沿海地域のNEO239個体(関連記事)も、YHg-C2a2bに分類されます。これら現代および古代のデータからは、YHg-Cの下位系統がアメリカ大陸先住民の創始者父方系統の一つだった、と示唆されます。

 「ベーリンジア停止仮説(ベーリンジア潜伏モデル)」は、過去10年のアメリカ大陸先住民の起源に関する最も評判のよい理論です(関連記事)。この仮説では、以下のことが提案されています。まず、アメリカ大陸先住民の直接的祖先はベーリンジアに32000年前頃もしくは22000年前頃に移動してきました。次に、アメリカ大陸先住民関連の遺伝的構成の分化はLGMにおいて大ベーリンジア地域で起き、LGM後のベーリンジアから東方への拡大は、アメリカ大陸先住民の出現とベーリンジアからの西進につながりました。このいわゆる「逆移動」は、シベリアにおけるアメリカ大陸先住民の最も密接に関連する系統とほとんどのユーラシア北部人の起源です(関連記事)。31600年前頃となるシベリア北東部のヤナ犀角遺跡(Yana Rhinoceros Horn Site、以下ヤナRHS)は、かつてベーリンジア停止仮説を裏づける最も強力な証拠とみなされました。現在利用可能な証拠は、LGMにおいて最寒冷地域の一つであるシベリアの古代人集団はベーリンジアに集中し、LGM後にそこからシベリア北東部の大半とアメリカ大陸に拡散した、と提案する以前の仮説と矛盾している、と本論文は主張します。

 ヤナ遺跡集団の古代DNAの最も進んだ分析では、以下のように提案されています(関連記事)。マリタ遺跡の少年個体に代表される古代北ユーラシア人(ANE)の祖先集団、古代旧シベリア人(APS)、古代ベーリンジア人は、LGM前に分岐した古代北シベリア人(ANS)およびこれらの祖先集団と遺伝的構成を共有しています。アジア東部人とANS関連祖先系統の混合によりAPSと古代ベーリンジア人とアメリカ大陸先住民の直接的祖先集団が生まれ、この混合は2万年前頃に起きました。混合人口集団の北方への拡散はLGM後に起きた可能性が高く、LGM後の細石刃技術の拡大に反映されているようです。アジア東部人の遺伝的構成の欠如のため、31600年前頃のヤナRHS個体はアメリカ大陸先住民の直接的祖先集団ではありません。最近の古代DNA研究では、後期更新世以来のアジア北東部とシベリア北東端のチュクチ半島と北アメリカ大陸のより詳細な人口史が提供されています(関連記事)。一般的に、最近の技術による古代DNA研究は、「長期ベーリンジア停止仮説」と一致しません。本論文では、アメリカ大陸先住民の創始者系統に最も密接に関連するYHgが特定され、アメリカ大陸先住民の祖先集団の出現は、LGM後のユーラシア全域での大きなYHg-Q1b1(L53)の拡散の一部だった、と提案されます。

 本論文は、アメリカ大陸先住民の創始者父系であるYHg-C2a1a1a(P39)とC2a2b(MPB373)のより詳細な起源過程に焦点を当てます。YHg-C2a(L1373)の稀な下位系統であるC2a1a3(M504)・C2a1a1b1(F1756)・C2a1a2a(M86)に分類される、43人の男性のY染色体DNA配列が分析されました。年代推定を有する改訂された系統樹が、YHg-C2aの利用可能な全下位系統で再構築されました。旧石器時代のこれら下位系統の起源および分化過程が調べられました。とくに、稀な下位系統の分岐パターンに焦点が当てられ、アメリカ大陸先住民におけるYHg-C2a1a1aとC2a2bの起源を調べる証拠が用いられました。全体として、本論文は正確な年代の洗練されたY染色体系統樹を生成し、YHg-C2a下位系統の起源と拡散およびアメリカ大陸先住民の祖先集団の形成における寄与を調べます。


●分析結果

 調査対象の標本の地理的位置は図1に示されます。緑色の台形は大きい方が現代、小さい方が古代のYHg-C2a(L1373)の稀な下位系統を表します。灰色の円形は、大きい方が現代、小さい方が古代のYHg-C2aの主要な下位3系統であるC2a1a3(M504)・C2a1a1b1(F1756)・C2a1a2a(M86)を表します。赤色の四角はアメリカ大陸の標本を表します。以下、本論文の図1です。
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 YHg-C2a の改訂された系統樹には、1816ヶ所の非固有多様体と2257ヶ所の固有多様体が含まれていました。上述のYHg-C2a の主要な下位3系統に加えて、他の稀な27の下位系統が識別されました(図2)。中国では、YHg-C2a の稀な下位系統は北方の国境付近の人々に由来し、YHg-C2a の主要な下位3系統と同じパターンを示します。YHg-C2a の稀な下位系統は、カムチャッカ半島やアムール川地域や韓国や日本やヨーロッパ中央部やパキスタン北部で見つかりました。アメリカ大陸先住民の2個体ではYHg-C2a1a1aとC2a2bが確認され、暫定的に北アメリカ大陸北部と分類されました。データ不足のため、一部の例外を除いてモンゴルにおけるYHg-C2a下位系統の分布は不明確です。一般的に、YHg-C2a の稀な下位系統の分布は、アムール川地域からモンゴル高原および隣接地域までのアジア北部の低緯度地域に集中している、と本論文は結論づけます。ヨーロッパ中央部とパキスタン北部の標本は、最近のユーラシア東部からの移住の結果の可能性が高そうです。

 年代推定を伴うYHg-C2aの再構築系統樹からは、YHg-C2aが17700~14300年前頃に急拡大した、と示唆されます(図2)。主要な下位系統であるYHg-C2a1a3・C2a1a1b1・C2a1a2aの他に、YHg-C2aの多くの少数派の下位系統があります。アメリカ大陸先住民で見つかったYHg-C2a1a1a(P39)とC2a2b(MPB373)は、14000年以上前に出現した下位12系統のうちの2系統です。YHg-C2a1a1aはその最も密接に関連する系統C2a1a1b(F11350)と14300年前頃(95%信頼区間で15100~13500年前)に分岐しました。YHg-C2a2bはエクアドルの1個体(Waranka9586)で見つかり、YHg-C2aの最初の分岐です。Waranka9586個体のデータは低網羅率なので、192ヶ所の多様体のうち84ヶ所で結果が得られませんでした。YHg-C2a2bはYHg-C2aから22400もしくは17700年前頃に分岐したと推定され、より信頼できる分岐年代の決定には、より高品質のデータが必要です。以下、本論文の図2です。
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 また、利用可能なYHg-C2aの古代人37個体が再分析されました(図1)。朝鮮半島に近いロシアの沿岸地域に位置する悪魔の門(Devil’s Gate)遺跡の7400年前頃の個体(NEO239)はYHg-C2a2bです。ブラジルの1万年前頃の個体(CP19)もYHg-C2a2bです。NEO239個体はアムール川地域に分類され、アジア北部および最古のYHg-C2a2bを表す、ブラジルのCP19個体におけるYHg-C2a2bの初期の起源の手がかりを提供します。ロシアのブリヤートの14000年前頃の個体(UKY001)はYHg-C2a1a1a(P39)で、ユーラシアにおける最初のYHg-C2a1a1aの事例を表します。以前の研究ではYHg-C2a1a1aがアメリカ大陸先住民に特有とされていたことを考えると、これは驚くべき重要な発見です。UKY001個体とアメリカ大陸先住民との間の常染色体およびY染色体の大きな類似性(関連記事)から、アジア北部低緯度地域は混合が起きたかもしれない地域で、アメリカ大陸先住民の直接的な起源だったかもしれない、と示唆されます。

●YHg-C2aのLGM後の分化

 現代人集団ではYHg-C2a1a1b1(F1756)・C2a1a3(M504)・C2a1a2a(M86)の頻度が高いため、ほとんどの研究はこれらYHg-C2aの主要な下位3系統の拡大過程と、祖型モンゴル人、現代モンゴル語話者人口集団、ツングース語族人口集団の形成におけるその役割に注目してきました。本論文は、YHg-C2aの稀な下位系統の初期の分化史に注目します。YHg-C2b(F1067)との35000年前頃の分離後、YHg-C2aは約17000年間のきょくたんに長期のボトルネック(瓶首効果)を経ました。LGM後、YHg-C2aの急速な文化により、14300年以上前に12の下位系統が生じました(図2)。

 上述のように、YHg-C2aの稀な下位系統の標本のほとんどは、アムール川地域やモンゴル高原や中国北方の国境やその隣接地域のような、アジア北部低緯度地域の人口集団で見つかりました。以前の研究でも、アムール川地域はYHg-C2aの主要な下位3系統(C2a1a1b1・C2a1a3・C2a1a2a)の原郷で、過去数千年の拡大の前だった、と示されてきました。これらの知見と、たとえばYHg-C2a2bのNEO239個体やYHg-C2a1a1(B473)のようなUKY001個体といった利用可能な古代DNAに基づくと、YHg-C2aの最初の分化はアジア北部の低緯度地域(アムール川地域の可能性が高そうです)で、18000~14000年前頃のYHg-C2aの連続的な分化パターンは、LGM後の南方から北方や西方へのアジア北部の移住に対応しているかもしれない、提案されます。


●「ベーリンジア停止」期間の減少とその重要性の低下

 「ベーリンジア停止」期間は、過去数十年の遺伝学的研究の発展により大きく短縮しました。ヤナRHSとミトコンドリアDNA(mtDNA)の観点での最初の提案では、15000年ほどの停止が主張されました(関連記事)。しかし、その後の研究では、アメリカ大陸先住民の祖先はアジア北東部の近縁集団と23000年前頃に分離した、と提案されました(関連記事)。したがって、アメリカ大陸先住民の祖先は23000年前頃以前にはアメリカ大陸に拡散しておらず、ベーリンジアでの孤立期間は8000年以下となります。

 アラスカで発見された末期更新世の個体(USR1)のゲノム分析では、アメリカ大陸先住民の共通祖先は20900年前頃に分岐し、その場所はアジア北東部もしくはベーリンジア東部だったかもしれない、と示されました(関連記事)。したがって、「ベーリンジア停止」があったならば、6000~5000年ほど(21000~16000年前頃)続いたかもしれません。最重要なのはヤナRHSの2個体の古代DNA分析で、古代ヤナRHS人口集団はアメリカ大陸先住民集団に直接的には寄与しなかった、と明らかになりました(関連記事)。最近のY染色体の研究では、ベーリンジア停止期間は2700年もしくは4600年と提案されています(関連記事)。

 本論文のY染色体の証拠は、アメリカ大陸先住民の祖先直接的な祖先集団が、「古代北シベリア人(ANS)」とアムール川地域の旧石器時代共同体の混合で、LGMの間およびその後に出現した、との古代DNA分析(関連記事)の議論を裏づけます。混合人口集団の大ベーリンジア地域への移動に長い期間かかったかもしれないことも、注目に値します。したがって、大ベーリンジア地域における停止の実際の間隔は、2000年もしくは1000年未満だったかもしれません。一般的に、この短いベーリンジア停止期間は、停止として解釈されるパターンがおそらくはシベリア南部からの移住過程の一部にすぎず、もし停止があったならば、その期間は最初に考えられたよりも進化的圧力としての重要性はずっと低くかった、という可能性がひじょうに高そうです。


●アメリカ大陸への移住の複数の可能性

 まず、主要な祖先系統と最初の混合についてです。シベリア南部は、アメリカ大陸先住民の創始者父系YHg-Q(M242)の起源地と一般的に認められています。現代のエニセイ語話者人口集団は、ユーラシア人の中でアメリカ大陸先住民に最も近いとみなされています。LGMにおけるYHg-Qを有する古代人口集団の退避地は、シベリア南部にあったかもしれません。本論文では、アムール川地域はLGM 後のYHg-C2a(L1373)の拡大中心地だった可能性が高く、シベリア南部地域から遠く離れている、と提案されます。したがって、LGMにおけるシベリア南部とアムール川地域の古代人口集団は、アメリカ大陸先住民の主要な2祖先系統だったかもしれません。シベリア南部の人口集団がアムール川地域からの移民と混合し、ベーリンジア地域においてアメリカ大陸先住民の直接的な祖先集団が形成されるには、長期間を要した可能性があります。

 第二に、多様な遺伝的系統の起源についてです。アメリカ大陸先住民のmtDNA創始者系統と、そのユーラシア人で最も密接に関連する系統の分岐年代は、研究により大きく異なります。以前の研究では、アメリカ大陸先住民の主要な3創始者父系、つまりYHg-Q1b1a1a(M3)・Q1b1a2(Z780)・C2a1a1a(P39)は、相互にひじょうに古い時代に分岐した、と明らかされてきました。以前の研究では、アメリカ大陸先住民の祖先集団の多様な遺伝的系統は、ベーリンジア地域における単一で孤立した人口集団としての長期の分化の結果と考えられていました。しかし、古代ゲノムの分析により明らかになったように(関連記事)、アメリカ大陸先住民祖先系統の起源集団は、上部旧石器時代にシベリア全域により広範に拡大しており、この基底部アメリカ大陸先住民集団は、アジア北東部人口集団と複数回の遺伝的接触を経て、明確に古代シベリア人口集団が形成されました。したがって、アメリカ大陸先住民の祖先集団の遺伝子プールで観察された多様性には2つの起源集団があったかもしれない、と本論文は提案します。一方は、シベリア南部とアムール川地域における祖先集団の多様な系統です。もう一方は、ベーリンジアにおける長期の孤立期間というよりもむしろ、シベリア南部からベーリンジアへの移動中に新たに出現した構成要素かもしれません。

 第三に、単一の祖先集団だったか否か、という問題です。古代ゲノムの以前の研究では、アメリカ大陸先住民の単一の小さな祖先集団を想定し、複雑な分化と混合過程を解釈する傾向があります。本論文では、現在利用可能な遺伝的証拠は、30年以上前に最初に提案された「移住の複数の波モデル」を裏づける傾向にある、と提案されます。アメリカ大陸先住民の一部の遺伝的系統は、比較的古い時代にアメリカ大陸へと拡散し、たとえば、mtDNAハプログループ(mtHg)D4h3aやX2aです。対照的に、一部の他の系統は、アジア北東部の近縁系統と比較的最近分離しました。たとえば、YHg-C2a1a1a(P39)と、YHg-C2a1a1b1(F1756)のようなその最も密接に関連した系統は、14300年前頃に分離しました。これらの想定では、アメリカ大陸先住民の一部の祖先集団は、アジア北部の低緯度地域に居住していた可能性がある一方で、他の祖先集団は北アメリカ大陸における拡大を始めていたかもしれません。一般的に、多数の創始者の母系および父系と、これらの系統のさまざまな出現・拡大年代は、全アメリカ大陸先住民の単一の共通祖先を裏づけず、それは古代DNA研究の議論と一致します(関連記事)。

 第四に、石器技術の観点における人類の拡散です。細石刃技術の痕跡は、アジア北東部において考古学で特定された最初の文化である35000~13000年前頃のデュクタイ(Dyuktai)文化の遺跡では稀です。デュクタイ文化は10500~6000年前頃のサムナギン(Sumnagin)文化に置換されました。サムナギン文化では細石刃技術の繁栄を示唆する痕跡が残っており、アジア北部の低緯度地域から拡散しました。考古学では、デュクタイ文化の古代人口集団が早期に北アメリカ大陸へと移動していった一方、細石刃技術の古代人口集団がその後で北アメリカ大陸へと拡散した、と提案されてきました。移住のこれら2回の波が、北アメリカ大陸北部における細石刃技術の普及につながりましたが、細石刃技術の痕跡は北アメリカ大陸南部と南アメリカ大陸では稀です。デュクタイ文化の古代人遺骸のより多くの分析が、シベリアにおけるアメリカ大陸先住民の祖先集団の進化史の解明に重要です。

 第五に、拡散の可能性がある3回の主要な波についてです。全体として本論文は、石器技術の移行、YHg-C2a2b(MPB373)とC2a1a1a(P39)の分岐パターン、アメリカ大陸先住民の3集団の出現過程が、アメリカ大陸先住民の起源に関する移住の複数の波モデルを裏づける、と提案します。移住の第二の波がナ・デネ(Na-Dene)語族話者人口集団の祖先を形成した一方で、他のアメリカ大陸先住民は移住の最初の波の古代人の子孫かもしれません。移住の別の後の波は、エスキモー・アレウト(Eskimo-Aleut)語族話者人口集団を形成したかもしれません。アメリカ大陸先住民の異なる父方および母方の創始者系統の分岐年代の間隙は、アジア北部からベーリンジアの低緯度地域への長距離移住に対応しているかもしれません。混合人口集団は、アメリカ大陸へと拡散する前に長くベーリンジア地域に留まらなかったかもしれません。要するに本論文の提案は、本論文で提示された父方の創始者系統に関する証拠が最近の古代DNA分析の知見を裏づける、というものです。最近の古代DNA分析では、アメリカ大陸先住民の直接的な祖先集団は、LGM前の大ベーリンジアもしくは隣接地域の古代人口集団というよりもむしろ、「古代北シベリア人(ANS)」と、LGM後にアジア北東部へと拡散したアムール川地域の旧石器時代後期共同体の混合だった、と提案されました。

 結論として、本論文はユーラシア東部人口集団からの稀なYHg-C2a(L1373)の下位系統の大規模な標本セットを収集し、18000~14000年前頃のこれら下位系統の明確な分化パターンの証拠を提供しました。これらの標本の分布と、YHg-C2aの下位系統全ての拡大史に基づき、LGM 前のYHg-C2aの分化はアムール川地域からアジア北部の他地域へと北方への拡散の波と対応しているかもしれない、と本論文は提案します。現在利用可能な古代人および現代人のDNAデータは、「長期ベーリンジア停止モデル」よりもむしろ、「移住の複数の波モデル」と一致します(図3a・c)。「短期ベーリンジア停止」モデルはまだ可能性がありますが、その重要性は当初に考えられていたよりも大きく減少しました(図3b)。シベリア東部における24000~10000年前頃の人類遺骸からのより多くの古代DNAデータは、ユーラシアにおけるアメリカ大陸先住民の直接的な祖先集団の形成過程に関する追加の詳細の提供に役立つかもしれません。以下、本論文の図3です。
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 以上、本論文についてざっと見てきました。アメリカ大陸への人類最初の移住年代については議論が続いており、まだ確定していません。アメリカ大陸におけるLGM直後やLGM期さらにはその前までさかのぼるかもしれない人類の痕跡としては、16000年前頃までさかのぼるアメリカ合衆国アイダホ州西部のクーパーズフェリー(Cooper’s Ferry)遺跡(関連記事)や、3万年前頃までさかのぼるかもしれないメキシコのチキウイテ洞窟(Chiquihuite Cave)遺跡(関連記事)の事例が報告されています。

 これらの遺跡の年代と本論文の見解がともに妥当だとしたら、LGM期さらにはその前までさかのぼるかもしれないアメリカ大陸の人類は、完新世のアメリカ大陸先住民にほとんど遺伝的影響を残していないかもしれません。あるいは、最近mtDNAの変異率の見直しが提案されているように(関連記事)、Y染色体DNAの変異率の見直しにより、アメリカ大陸への人類拡散の推定年代が本論文の想定よりもさかのぼる可能性があるとは思います。これらの問題の解決には、アメリカ大陸の更新世の人類遺骸のDNA解析が望ましいものの、アメリカ大陸の更新世の人類遺骸は少ないので、堆積物のDNA解析による研究の大きな進展が期待されます。


参考文献:
Sun J. et al.(2021): Post‐last glacial maximum expansion of Y‐chromosome haplogroup C2a‐L1373 in northern Asia and its implications for the origin of Native Americans. American Journal of Physical Anthropology, 174, 2, 363–374.
https://doi.org/10.1002/ajpa.24173