グリーンランド現代人におけるヨーロッパ人からの遺伝子流動の時期

 グリーンランド現代人におけるヨーロッパ人からの遺伝子流動の時期に関する研究(Waples et al., 2021)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。グリーンランド人はおもに、12世紀頃に現在のカナダからグリーンランド北部に到来したチューレ(Thule)文化のイヌイットの子孫です。当時、ノルウェー人が985年以来グリーンランド南部に居住しており、1450年頃までグリーンランドに存在しました。以前の遺伝的研究では、ノルウェー人とイヌイットとの間の遺伝子流動の裏づけは得られませんでした。しかし、16世紀以降、ヨーロッパのさまざまな国からグリーンランドへ、何千人も訪れるか移動しており、ヨーロッパ人口集団からグリーンランド人口集団へかなりの遺伝子流動がありました。このグリーンランドとヨーロッパとの接触は、先植民地期と植民地期と植民地期後の3期間に区分されます(図1)。以下は本論文の図1です。
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 先植民地期の接触は当初、イギリスの探検者が16世紀に北西航路を探索した時など、探検や貿易に限定されていました。18世紀初頭以降、グリーンランド西海岸のヨーロッパ人の捕鯨で、捕鯨船員はグリーンランドのイヌイットと接触しました。当初、ヨーロッパの捕鯨を支配したのはオランダ人でしたが、18世紀後半には、捕鯨船員にはドイツ人もおり、おもにフリジア人やイギリス人やデンマーク・ノルウェー人でした。1721年の、デンマーク・ノルウェー人の宣教師ハンス・エゲデ(Hans Egede)の到来は植民地期の始まりを示し、グリーンランドのイヌイットとヨーロッパ人との間の新たなより多くの永続的接触をもたらしましたが、捕鯨は依然として主要な牽引力で、1721年にはオランダ船が107隻到来しました。

 デンマーク・ノルウェーの宣教師に加えて、ドイツのモラヴィア兄弟団(Moravian Brethren)は1733~1900年に、ヌーク(Nuuk)や他の場所に教会を設立しました。1751年、デンマーク・ノルウェーは植民活動を拡大し、貿易の独占を主張し、それ以来、グリーンランド人とヨーロッパ人との間の主要な接触はデンマーク王国とでした。デンマーク・ノルウェーは1814年まで複合国家(礫岩国家)で、グリーンランドはデンマークだけの植民地になった後、1953年にデンマーク王国の対等な一部となりました。植民地期後は、デンマーク人労働者だけではなく、おもにポルトガルやフェロー諸島からの季節的漁師の顕著な流入も見られました。

 1740年代以降、イヌイットとスカンジナビア半島人との間の結婚の体系的文書がありましたが、植民地期前の混合の程度はほとんど知られていません。しかし、オランダ人の大規模な捕鯨および貿易活動により、オランダ人捕鯨者との混合は比較的一般的だった、と考えられています。とくに、20世紀よりも前のグリーンランド人の遺伝子プールへのヨーロッパ人の寄与は、最近の混合と比較して大きな影響を与えた可能性があります。それは、グリーンランドの人口が1789年の6000人未満から現在では55000人まで急速に増加したからです。したがって本論文では、デンマークだけではなく、オランダやドイツやノルウェーも全て、グリーンランド人への無視できない祖先系統の寄与があった、と仮定されました。本論文では、グリーンランドの異なる15ヶ所からの3972人の高密度一塩基多型配列データの分析により、この仮説が調査されました。


●ヨーロッパ人との混合の推測

 グリーンランド人の遺伝的データを用いて混合の割合が推測され、関連する個体が特定されました。結果に基づいて、イヌイットとヨーロッパ両方の祖先系統を有する無関係の混合されたグリーンランド人1582個体のセットと、イヌイットの祖先系統のみを有する混合されていない181個体のセットが得られました。次にこれらの個体の遺伝的データが、デンマークやノルウェーやスウェーデンやイギリスやオランダなど、ヨーロッパ14ヶ国の8275個体の一塩基多型配列データと組み合わされました。品質管理と統合の後、135702ヶ所の一塩基多型、1582個体の混合されたグリーンランド人、8456個体の参照個体を伴う、結合データセットが残りました。次に、プログラムのChromoPainterがこのデータセットに適用され、参照個体群におけるハプロタイプの混合として混合されたグリーンランド人個体群のゲノムが再構築されました。この分析のおもな結果は、混合された各グリーンランド人(および各参照個体)についての、各参照個体と祖先的に最も近い関係にあるゲノムの割合の推定です。

 次に、ChromoPainterからの結果の要約にプログラムのSOURCEFINDを適用することにより、混合されていないイヌイットおよびヨーロッパ14ヶ国それぞれの個体からグリーンランドの混合された個体の祖先系統への遺伝的寄与が推定されました。SOURCEFINDはマルコフ連鎖モンテカルロ(Markov chain Monte Carlo、略してMCMC)法で、これは、対照個体群の集団への祖先系統寄与の事後分布から統計的標本を生成します。この場合、対象となる個体群は混合されたグリーンランド人で、潜在的な祖先系統の起源は参照国となります。次に、これらの統計標本は、各参照国の祖先的寄与についての情報をもたらすさまざまな方法で要約できます。この方法が混合された各グリーンランド人に個別に適用され、個体水準の解像度が得られましたが、祖先系統推定におけるノイズを減らすための試みにおいて、混合されたグリーンランド人全員が1集団にまとめられて分析されました。

 混合された各個体について個別に推測を実行する場合、まず、簡潔な概要を得るために、1個体あたりの各国からの祖先系統の割合の事後平均を用いて、SOURCEFINDの結果が要約されました(図2)。これに基づいて、混合されたグリーンランド人1582個体は平均してグリーンランドのイヌイットの祖先系統を65.6%、ヨーロッパ人の祖先系統34.4%有しており、後者の大半はデンマーク人である、と推定されました。

 SOURCEFINDの結果をより詳細に把握するため、高確率(事後確率>0.99)のいずれかの国からの少なくとも5%の祖先系統が割り当てられた個体も数えられました。その結果、混合されたグリーンランド人1582個体のうち1100個体(69.5%)は、少なくとも5%のデンマーク人祖先系統に割り当てられ、ヨーロッパ諸国で最も多い、と明らかになりました。5個体以上で5%以上の祖先系統の寄与が見られるヨーロッパの国は北部だけで、ノルウェーが98個体、スウェーデンが20個体、フィンランドが5個体です。他のいくつかの国では、1~4個体で祖先系統の寄与が5%以上となっており、それはイギリスとアイルランドとポーランドとドイツとオランダです。同じ全体的パターンが、より低い1%の閾値で観察されます。ヨーロッパ人の祖先系統が20%以上では4個体のみが、デンマークもしくはノルウェー以外の国からと推定されました。以下は本論文の図2です。
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 集団に基づく分析でも同様の結果が得られ、イヌイット祖先系統の推定割合は65.6%、ヨーロッパ人祖先系統の割合は34.4%でした。ただ、これらの結果は混合されたグリーンランド人個体群に関するもので、ヨーロッパ人祖先系統を約25%有すると推定される、グリーンランド人全体を反映しているわけではありません。混合されたグリーンランド人の間でのデンマーク人祖先系統の割合は31%で、1%以上寄与した他のヨーロッパ国はありません。これは、推定されるヨーロッパ人祖先系統全体の91%を占め、ヨーロッパ人祖先系統を1%以上寄与した唯一の他のヨーロッパの国が、2.1%のノルウェーであることを意味します。


●過去数世代におけるヨーロッパとの混合の調査

 グリーンランドにおけるヨーロッパ人の混合の歴史をさらに特徴づけるため、混合の年代が調べられました。具体的には、混合された各グリーンランド人のゲノムにおいて、アレル(対立遺伝子)が、両方ともイヌイットもしくはヨーロッパ、あるいはその両者に由来するのか、という3通りの割合が推定されました。これらの割合は混合の年代についての情報をもたらします。それは、さまざまな混合史を有する個体が、さまざまな予測される3通りの割合を有するからです(図3A)。

 混合されたグリーンランド人1582個体のうち、250個体は3通りの断片を有しており、これは少なくとも1人の完全にヨーロッパ人祖先系統の親を有することと一致します(図3Bの青色と黄色)。これらのうち27個体はほぼどのゲノム位置でも2ヶ所のヨーロッパ人アレルを有しており、2人のヨーロッパ人の親がいることを示唆します。合わせてこれら277人のヨーロッパ人祖先系統の親(250-27+2×27)は、混合された個体群の祖先の8%以上で、グリーンランドにおけるヨーロッパ人祖先系統の合計のほぼ25%です。図3Aで示されるように、残りの個体群の3通りの祖先系統の割合は、ヨーロッパ人との第2および第3世代の混合とほぼ一致します。しかし重要なのは、組換えと非任意交配の分散に起因して、これらの割合が古い混合の結果でもある可能性です。

 少なくとも1人のヨーロッパ人祖先系統の親を有する混合されたグリーンランド人の集団の間では、デンマークが頭抜けて最大の祖先系統供給源で、ヨーロッパ祖先系統の98.4%を占め、他の国は1%以上の寄与はしていません。対照的に、ヨーロッパ人の親がいないグリーンランド人の集団、つまり少なくとも1人のヨーロッパ人の親を有する集団よりも混合が古い時期に起きた集団は、ノルウェー(3.8%)やドイツ(2.1%)やスウェーデン(1.6%)からの祖先系統の寄与を有しており、デンマークは85.7%でした。以下は本論文の図3です。
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●議論

 遺伝的分析からは、グリーンランド現代人のヨーロッパ人祖先系統はおもにデンマーク人に由来し、ごく最近の遺伝子流動の結果である、と提案されます。これが示唆するのは、植民地以前のヨーロッパ人の活動は、グリーンランド人口集団の現在の遺伝的構成に顕著な影響を与えなかった、ということです。イギリス人による初期の探検活動に由来する遺伝的祖先系統の欠如は、おそらく驚くべきことではありません。なぜならば、イギリス人の活動にはわずか数隻の船しか関わっていなかったからです。同様に、1900年まで約170年間グリーンランドに滞在したドイツのモラヴィア宣教師に由来する比較的少ない祖先系統は、モラヴィア兄弟団がグリーンランド人口集団との結婚を制限したことにより説明できるかもしれません。

 しかし、捕鯨国、とくにオランダ人からの祖先系統の欠如は、グリーンランドの一般的な考えや、かなりの期間グリーンランド沿岸に多数のオランダ船が存在したことを示唆する歴史的記録を考えると、驚くべきことです。これは、いくつかの要因で説明できるかもしれません。第一に、初期のヨーロッパ人捕鯨者は、グリーンランドで冬を過ごさないことがよくありました。第二に、オランダやイギリスやそのヨーロッパ諸国の捕鯨者は、デンマーク・ノルウェーにより1751年に課された経済的独占によれ減少しました。第三に、ヨーロッパ人との最初の接触後に深刻な伝染病が続き、ディスコ島周辺のオランダ人との相互作用がこの地域の伝染病の最初期の事件のいくつかにつながった、と仮定されます。よく記録された事例は、ヨーロッパの船の到来に続く、ヌークにおける1730年代の深刻な天然痘でした。これらの伝染病がヨーロッパ人祖先系統の初期のパターンに影響を与え、初期の混合の影響を減少させた可能性があります。

 本論文の結果は、グリーンランド現代人におけるヨーロッパ人祖先系統のほとんどが、植民地化の開始後に由来することを示唆します。この結果は、ヨーロッパ人祖先系統を有さないグリーンランドの個体群のほとんどが、グリーンランドの北部および東部沿岸に居住している、という事実と一致します。植民地の活動は、北部(1909年)と東部(1894年)で南西部(1721年)よりも遅く始まりました。また、少なくとも1人のヨーロッパ人祖先系統の親がないグリーンランド人の間では、ノルウェー人やスウェーデン人やドイツ人のより高い割合が見つかり、植民地期の家族登記とよく一致します。とくに最後の世代にデンマーク人祖先系統が多く含まれていると推測されることは、1950年代以降の植民地期後におけるグリーンランドへのデンマーク人の流入がヨーロッパからの移民の割合で顕著に増加したことを示す、歴史的記録と一致します。

 まとめると、本論文の結果は、グリーンランドにおける最近の人口統計学的傾向およびヨーロッパ人との接触の歴史的記録と一致しているようです。グリーンランドについては、ヴァイキングとの関連で古代DNA研究も進んでおり、グリーンランドのヴァイキング集団は、スカンジナビア半島人(ほぼノルウェー起源)とブリテン諸島の個体群との間の混合で、アイスランドの最初の定住者と類似している、と推測されています(関連記事)。グリーンランドはDNAの保存には適した環境だと思われるので、今後の古代DNA研究の進展が期待されます。


参考文献:
Waples RK. et al.(2021): The genetic history of Greenlandic-European contact. Current Biology, 31, 10, 2214–2219.E4.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.02.041

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