中国要人?の人類進化認識

 2009年6月22日に、インドの国防関係の査読誌に、「ナチス中国は現れつつあるのか?」と題した記事が掲載され、中華人民共和国の国防部長や人民解放軍の総参謀長も務めた大物軍人である遅浩田氏の演説が引用されていました。10年以上前にこの記事をあるブログ記事で知り、気になっていましたが、そのブログ記事でも指摘されているように、本当に遅浩田氏の演説なのか疑わしいので、当ブログでは取り上げてきませんでした。じっさい、「ナチス中国は現れつつあるのか?」と題した記事は現在では削除されており、本当に遅浩田氏の演説だった可能性は否定できないものの、少なくとも遅浩田氏の演説だったことを前提として語ることはできないよう思います。

 しかし、遅浩田氏の演説とされる文章は、他の文献(関連記事)やドキュメンタリー番組(関連記事)などから窺える、中国における一般的な人類進化認識と基本的な枠組みでは合致しているように思えますし、最近当ブログで取り上げたアジア東部の人類進化に関する認識(関連記事1および関連記事2)と関連しているので、以下に遅浩田氏の演説とされる文章のうち、人類進化に該当する箇所の日本語訳を掲載します。すでに元記事が削除されているので、インターネットアーカイブの2009年6月26日付の保存版から引用します。

 誰もが知っているように、西洋の学者たちにより広められた見解によると、人類全体はアフリカのたった一人の母親から生まれました。したがって、どの人種も人種的優位性を主張できません。しかし、ほとんどの中国の学者の研究によると、中国人は地球上の他の人種とは異なります。我々はアフリカで生まれたのではありません。むしろ、我々は中国の地で独立して生まれました。我々全員がよく知っている周口店の北京原人は、我々の祖先の進化の一段階を表しています。現在我が国で行なわれている「中華文明探源計画」は、古代中国文明の起源と過程と発展について、より包括的で体系的な研究を目的としています。我々はかつて、「中国文明には5000年の歴史がある」と言っていました。しかし現在、考古学や民族文化や地域文化などさまざまな分野で研究を行なっている多くの専門家は、北東部の紅山文化や浙江省の良渚文化や四川省の金沙遺跡や湖南省の永州市の舜帝文化遺跡などの新たな発見はすべて、中国初期文明の存在の説得力ある証拠であり、それらは中国の稲作農耕の歴史だけでも8000~10000年前にさかのぼれることを証明している、との合意に達しています。これは、「中国文明5000年」との概念の誤りを証明します。したがって、我々は100万年以上の文化的起源、1万年以上の文化と進歩、5000年の古代国家、2000年の単一の中国という実体の産物と断言できます。これが「炎帝と黄帝の子孫」と自称する中華民族であり、我々が誇る中華民族です。かつてヒトラーのドイツは、ドイツ人種は地球上で最も優れた人種だと自負していましたが、事実は、我が民族の方がドイツ人よりもはるかに優れています。
 我々の長い歴史において、我々の先祖はアメリカ大陸や環太平洋地域に拡散し、アメリカ大陸ではインディアンとなり、南太平洋では東アジアの民族となりました。
 繁栄をきわめた唐王朝期には、我が国の優位性により我々の文明が世界の頂点にあったことを、我々は全員知っています。我々は世界文明の中心で、我々の文明に匹敵する他の世界の文明はありませんでした。その後、我々の独りよがりと狭量さと我が国の内閉性のため、我々は西洋文明に追い越され、世界の中心は西洋に移りました。
 歴史を振り返ると、人はこう問いかけるかもしれません。世界文明の中心は中国に戻るのでしょうか?


 以上が、遅浩田氏の演説とされる文章のうち人類進化に該当する箇所の日本語訳です。唐王朝に関して過大評価ではないか、など疑問は少なくありませんが、以下ではおもに人類の起源と拡散に関する問題を取り上げます。中華人民共和国の考古学は「土着発展(The indigenous development model)」型と分類されており、現生人類(Homo sapiens)多地域進化説と整合的で(関連記事)、じっさい、中国はかつてオーストラリアやアメリカ合衆国(というかミシガン大学)とともに、現生人類多地域進化説の主要拠点の一つでした(関連記事)。

 上述のドキュメンタリー番組と文献によると、復旦大学の金力(Li Jin)教授(その後、副学長も務めたようです)は、中国人も含めての現生人類アフリカ単一起源説を証明するうえで重要な貢献を果たしましたが、当初は、100万年以上前に現在の中国領にいたホモ・エレクトス(Homo erectus)から現代の中国人は進化した、という中国では有力視されている仮説を証明するために研究を始めたそうです。金力教授もそうした教育を受けており、中国における人類進化の地域連続説の証拠を見つけたかったそうです。上述の遅浩田氏の演説とされる文章に見える人類進化についての認識は、現代中国社会では一般的なものである可能性が高そうです。

 ただ、金力教授のように、人類進化の研究者、とくに遺伝学関連の研究者の多くは、そうした100万年以上におよぶ現在の中華人民共和国領における人類進化の連続性を否定し、基本的には現生人類アフリカ単一起源説を支持しているようです。しかも、それはホモ・エレクトスなど非現生人類ホモ属と現代人との遺伝的連続性の否定のみならず、現生人類についても、現在の中国領も含むアジア東部北方(関連記事)と南方(関連記事)において、人口集団の置換や大きな遺伝的構成の変容があった、と古代DNA研究で指摘されています。しかも、これらの研究は中国人が主体となっており、「西洋の学者たちにより広められた見解」といった発言から窺えるような、現生人類アフリカ単一起源説を「西側」の偏見もしくは虚偽宣伝と敵視するような言説が的外れだと了解されます。なお、現生人類アフリカ単一起源説を認めても、アメリカ大陸先住民や日本人も含めてアジア東部現代人では高頻度で見られるシャベル型切歯は、「北京原人」から(他の非現生人類ホモ属を経由して)交雑により現代人に伝えられた、との推測もあるかもしれませんが、遺伝学的知見から、この想定も無理筋であることが明らかになっています(関連記事)。

 このようなアジア東部における100万年以上前から現代におよぶ人類集団の遺伝的連続性を否定するような研究が、中国人研究者から相次いで公表されていることは、現生人類アフリカ単一起源説も含めて現生人類の起源や拡散に関する学説が、現在の中国政府にとって「核心的利益」とは強く関わっていないことを示唆します。その意味で、今後も現生人類の起源と拡散に関する中国での研究の進展には大いに期待できそうです。十数年前から当ブログでは、中国の経済・軍事・政治力の強化とともに、中国の体制教義的言説が「正しい歴史認識」・「真実の歴史」として日本国内でも声高に主張されるようになることを懸念してきましたが(関連記事1および関連記事2および関連記事3)、少なくとも現時点では、それは現生人類の起源と拡散に関する研究には当てはまっていないと思います。まあ、現在の習近平政権の方向性から考えて、今後もそうだと楽観するのは時期尚早かもしれませんが。

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