満田剛『新説 「三国志」の虚構と真実』

 パンダ・パブリッシングより2015年8月に刊行されました。電子書籍での購入です。『三国志』の時代の勉強も長期間停滞しているので、新たな知見を得るために読みました。本書は、『三国志』の時代の主要人物について、『三国志演義』に基づく人物像と、「史実」に基づく人物像とを対比させる、という構成になっています。人物評価(統率力と個人武力と知力と政治・外交と魅力・人望と門地と人脈と見せ場)がレーダーチャートで示されており、一般向け書籍ですから、こうした試みは悪くないと思います。

 私にとって意外な人物評価は、まず曹操です。本書は曹操を、袁紹の真似をしており、長期的視点に欠けた人物と評価しています。そもそも、曹操は献帝を迎え入れて袁紹と対立するまで袁紹の部下と考えるほうがよい、と本書は指摘します。全体的に、魏の人物は『三国志演義』よりも「史実(歴史書)」の方が高く評価される傾向にあります。代表的なのは韓浩(変換候補に出てくるあたり、昔の辞書よりも今の辞書の方が人物名にはずっと強いな、と改めて思います)で、全ての評価で『三国志演義』よりも「史実(歴史書)」の方がずっと高くなっています。「史実」での事績が知られるようになったためか、韓浩は、ゲームでも最近では以前よりも能力値が高く設定されているようです。

 魏とは対照的に蜀の人物は、『三国志演義』よりも「史実(歴史書)」の方が低く評価される傾向にあります。猛将とされる馬超にしても、反逆を繰り返して敗れ続け、身内をほぼ失い、劉備に仕えてから活躍はない、と冷ややかな評価です。趙雲も、『三国志演義』よりも「史実(歴史書)」の方が低く評価されていますが、そもそも劉備の生前は将軍というよりも劉備の「護衛隊長」だった、と評価されています。ただ、蜀でも一般的な評価が低いだろう劉封や孟達や糜芳は、「史実」の方が高く評価されています。なお、孟獲に関しては、「漢人」だったとの見解もあるそうです。

 呉に関しては、当主の孫氏が、元々は袁術の配下だった、と指摘されています。孫堅は袁術配下の将軍にすぎず、孫策も父の威光により勢力を拡大したのではなく、袁術が皇帝を自称するまで袁術の配下として行動しており、この過程で陸氏を弾圧したことが、後に孫呉政権の問題の一つになった、と本書は指摘します。孫権に関しては、家臣を統制して国を維持したものの、長期的戦略はなかった、と評価されています。また、袁術の配下だったのは孫氏だけではなく、名門の周氏は同じく名門の袁氏と関係が深く、周瑜も袁術が皇帝を自称するまで孫策ではなく袁術の配下として行動していた、と本書は指摘します。

 袁紹の死後、息子の袁譚と袁尚が後継者争いを起こし、袁氏は没落します。本書はこの背景として、『三国志演義』では描かれなかった、家臣団の対立を指摘します。具体的には、河北派の田豊・沮授・沮鴻・審配と河南派の辛評・郭図です。袁紹没後の後継者争いのさいに存命だった家臣のうち、河北派の沮鴻・審配は袁尚を、河南派の辛評・郭図は袁譚を擁立しています。黄巾の乱に関しては、単なる農民反乱ではなく、宮中クーデタや多方面でのゲリラ戦もしくはテロという側面もあった、と指摘されています。