『イリヤッド』の検証・・・人類の禁忌について(1)

 先月まで、『イリヤッド』関連の記事は、月2回の『ビッグコミックオリジナル』の発売日の他に、単行本の発売日にも掲載してきました。また、情報整理のための記事や思いつきもたびたび掲載してきましたから、私個人の感覚では、前回の掲載からずいぶんと間隔が空いたような気がします。最終回を読む前までは、連載が終了したらすぐ検証にとりかかり、1話から再度じっくりと読んでいこうと考えていたのですが、最終回を読んですっかり失望してしまい、しばらくは、単行本も『ビッグコミックオリジナル』も、改めて読み直そうという気にはなれませんでした。
 まあそれでも、『イリヤッド』がたいへん面白い作品だとの評価には変りありませんし、もう一度謎解きに取りかかろうという気にもなりましたので、少しずつ検証を進めていき、あるていど記事がたまったら、整理してまとめサイトに掲載しようと考えています。作中における未解決の謎は色々とあるのですが、とりあえず、人類の禁忌を中心に検証を進めていくことにします。

 まず、人類の禁忌について改めて整理します。
●ネアンデルタール人が現生人類に語った、ある「真実」のことと思われる。
●その「真実」は、太古においても現在においても、現生人類を絶望させるものであり、現生人類にとって呪われたものと思われる。また、その「真実」は、進化論的なことをも含むと思われる。
●ネアンデルタール人と現生人類との接触は広範囲で起きたことだが、アトランティス人のみが、ネアンデルタール人の語った「真実」を文字の形ではっきりと残しており、アトランティス文明の後継者たるタルテッソス文明も、アトランティス文明のポセイドンの社を模した地下宮殿内の柱に文字を刻むことにより、その教えを伝えた。
●人類の禁忌の隠蔽をすることを目的とする秘密結社が、アトランティス探索を妨害し続けてきたのは、アトランティス文明を追及すればタルテッソス文明にたどり着き、現在はスペインのドニャーナ国立自然公園内にある、地下宮殿の存在も明らかになるからである。

 まず疑問なのが、なぜアトランティス人のみが人類の禁忌を伝えてきたのかということなのですが、作中では、アトランティス人のみが文字の形ではっきりと伝えてきたからだ、とされています。入矢はストラボン『ギリシア・ローマ世界地誌』を引用し、タルテッソスを築いた人々は、6000年以上前(ストラボンの視点からなので、紀元前6000年以前ということになります)から文字を使用していた、と指摘しています。タルテッソスを築いたのは、イベリア族と生き残ったアトランティス人の一部とが融合した、トゥルドゥリ族だと入矢は指摘していますので、作中では、世界ではじめて文字を使用したのはアトランティス人だ、という設定なのでしょう。
 アトランティス文明は、他の文明よりもずっと早く文字の使用が始まったので、ネアンデルタール人の教えを文字化したのだ、ということなのでしょうが、かりに入矢の推測通り、アトランティス文明(都市国家)の成立が紀元前10000年頃で、それから間もなく文字の使用が始まったとしても、ネアンデルタール人の滅亡からアトランティス文明の成立までかなりの時間が経過しているでしょうから、アトランティス人のみが「真実」を伝えてきた理由としては弱いように思われます。

 もっとも、ネアンデルタール人がいつ絶滅したことになっているのか、作中においては不明なので、作中での設定に取り入れられているかどうかは分かりませんが、イベリア半島はネアンデルタール人終焉の地の有力候補ともされていますし、アトランティス文明の存在したイベリア半島~アフリカ北西部においては、ネアンデルタール人の絶滅年代から文字の発明までの期間が(アフリカにはネアンデルタール人はいませんでしたが)他の地域よりもずっと短く、そのため、ネアンデルタール人の語った「真実」が、アトランティス文明によってのみ文字の形で残されたのだ、というように解釈しておきます。
 あるいは、壁画によって「真実」が語り伝えられたのではないか、とも考えたのですが、それならば、他の地域でも同じようなことがあっても不思議ではありません。けっきょくのところ、アトランティス文明のみが「真実」を伝えてきた理由は、私にはよく分からず、創作物語の常として、あるていどのご都合主義は必要なのだ、と納得するしかないようにも思われます。

 では、人類の禁忌とされたある「真実」とは何なのかというと、私ていどの推理力と読解力では、かなり推測が難しいのは否めません。彼の島が沈んだのは人々が絶望したためであり、人々が絶望した理由は、神が最初に選んだのは「彼ら」であって我々ではなかったからだ、とのグレコ神父の発言(「彼ら」とはネアンデルタール人で、「我々」とは現生人類のことと思われます)は、人類の禁忌の核心に迫るものでしょうが、あまりにも抽象的なので、具体的にどのような教えが禁忌となったのか、これだけではよく分かりません。
 絶望とは、時間という側面に注目して分類すると、過去にたいするものと、未来に向けてのものとがあります。自らの出自や経歴を嘆き忌まわしく思うのは前者ですし、将来の展望に悲観するのは後者です。もう少し具体的に述べると、ドラマなどにおいて、自分が養子であって両親と直接の血のつながりがないことにうちのめされるような場合がありますが、これは前者となります。後者には、貧困のためどうにも生活が成り立ちそうにないとか、虐めにあってこの先には苦痛ばかりしかないと判断したとかいった具体的な事例や、**年に人類が滅亡するとか、末法の世に突入した(ここでは、基本的に日本での末法思想を念頭においています)とかいった宗教的で抽象的な事例があります。

 では、人類の禁忌はどちらなのかというと、「神が最初に選んだのは彼らであり、我々ではなかった」、「彼らは狒狒を指差し、次のおまえ達だといった」というグレコ神父の発言からすると、過去にたいするもののように思われます。ただ、現生人類が絶望するのは、多くの場合、過去よりも未来にたいしてだと思われますし、過去にたいする絶望も、未来への悲観につながるから絶望と考えられるのだ、という側面もあります。
 まあそれはともかくとして、進化論の浸透した現代において、レームのような無神論に近いと思われる人物でさえ衝撃を受けるような秘密となると、過去だけではなく未来にたいしても呪われた「真実」であると考えるほうが、説得力があるように思われます。とはいえ、太古の現生人類も現在の現生人類も絶望するような「真実」となると、なかなか設定が難しいのは否定できませんが、ともかく推測を続けていくことにします。

 「神が最初に選んだのは彼らであり、我々ではなかった」とは、現生人類がネアンデルタール人に夢を見る力を与えられ、神との交信が可能になった、ということだと思います。別の表現にすると、人類の特徴とされている「高度な精神性」を最初に獲得したのはネアンデルタール人であり、我々現生人類ではなかった、ということでしょうか。
 現生人類にとって、ネアンデルタール人はいわば大恩人であり、ゆえに、神として崇められるようになり(神として崇められたのはネアンデルタール人だけではありませんが)、アトランティス文明圏では、ネアンデルタール人を模した柱状の偶像(アマゾネス族により、正体が隠されて梟とされました)が作られた、ということなのでしょう。これは、現生人類にとって衝撃的かもしれませんが、多数の現代人が絶望するようなことかというと、違うように思われます。

 では、「彼らは狒狒を指差し、次のおまえ達だといった」のほうはどうでしょうか。入矢はこれを、進化論的な教えだと解釈していますが、進化論の浸透した現在において、いまさら人類が進化論的な内容に絶望するとも思えません。また過去においても、蛇などから人類が進化したと考えている人類集団は少なくなく、進化論的な教えに人類の多数が絶望したとは、考えにくいところがあります。
 ただ、これが進化論的な内容だとしても、未来に向けての警告・宣託でもあると考えれば、将来にたいする絶望につながるかもしれません。ネアンデルタール人が獲得した「高度な精神性・知性」は、現生人類に伝えられたが、その他の動物も、「高度な精神性・知性」を獲得する可能性があり、人類の優位・特別な地位が失われることになるのだ、という意味に解釈すると、将来に絶望することになるかもしれません。

 しかし、そうだとしても、太古も現在も現生人類が絶望するかというと、疑問です。これならば、終末論的な世界観や末法論のほうが、よほど現生人類を絶望させるようにも思われます。もっとも、終末論的な世界観においては、たいていの場合、信仰による救済が提示されています。ここで気になるのは、モーセやイエスなどが、「真相」を知りながら人類を騙してきた、とするグレコ神父の解釈で、人類は将来絶滅するが救済はないのだということになれば、人類が絶望する理由になります。
 そうだとすると、人類が絶滅する理由について、太古においても現代においても現生人類が納得しなければなりませんが、そのような説得力のある教えなどありえるだろうか?との疑問があります。いくら創作ものとはいえ、ネアンデルタール人が環境・人口・大量破兵器の問題を見通していたとすると、『イリヤッド』の作風に合いませんし、人類が絶望するような教えを考えるのは、やはり難しいものです。

 ただ、あえて推測すると、ネアンデルタール人の絶滅こそが、ネアンデルタール人の教えが真実だ、と現生人類に信じ込ませた理由なのかもしれません。現生人類とネアンデルタール人が遭遇したとき、すでにネアンデルタール人は衰退過程にあり、やがてネアンデルタール人は絶滅しました。
 自らの集団の絶滅を悟ったネアンデルタール人は、最初に神に選ばれた(高度な知性を獲得した)我々(この場合はネアンデルタール人のことです)でさえ、絶滅は避けられないことと、ネアンデルタール人や現生人類だけではなく、狒狒(文字通りの「ヒヒ」だけではなく、霊長目全般のことを指すと思われます)もやがては神に選ばれるだろう(がそれでも絶滅は避けられない)、ということを現生人類に伝えました。

 もしこの解釈が妥当だとすると、現生人類がネアンデルタール人の教えに絶望し、その教えを人類の禁忌と考えたのは、
(A)現生人類は元々は神に選ばれた(高度な知性を備えた)存在ではなかったという進化論的な教え。
(B)しかも、最初に神に選ばれたのはネアンデルタール人であり、現生人類ではなかった。
(C)神に選ばれるのはネアンデルタール人や現生人類だけではなく、やがては他の動物もそうなるのであり、ネアンデルタール人や現生人類は特別な存在ではない。
(D)しかし、神に選ばれたとしても絶滅は避けられない。そうしたことも含めて、現生人類にさまざまなことを教えたネアンデルタール人自身が、自らの絶滅をもって、その教えが真実であることを証明した。
といった理由になります。(A)・(B)は過去にたいする絶望であり、(C)・(D)は未来にたいする絶望となります。

 (D)の結果、神は存在するのか、神への信仰に意味はあるのか、といった疑問も生じるでしょう。そうすると、人々の信仰心が失われることにもなりかねません。前近代においてはともかく、現代において、ネアンデルタール人の教えが信仰心を失わせるような結果をもたらすかというと疑問なのですが、秘密結社はそのことを懸念しているという設定なのでしょう。
 では、前近代においてはともかくとして、現代においても信仰心の喪失が問題とされる理由は何でしょうか。ある秘密結社の幹部は、結社はいわば人類の護民官だと発言していますし(11巻所収の86話「ソロモンの壺」より)、たんに既存の宗教の既得権の問題だというわけでもないでしょう。そこで、この問題について、以下において私の考えを少し述べることにします。

 前近代においても現代においても、秩序の維持には、権力の暴力装置だけあればよいというものでもなく、人々の規範意識も必要です。だからこそ、社会主義諸国は警察・軍隊に頼るだけではなく、宣伝活動にも力を入れていたわけです。社会主義ではない国々の多くも、社会主義国ほど露骨ではありませんが、人々の規範意識の醸成・維持に配慮しています。
 その規範意識の基盤には、宗教があります。もちろん、それだけではありませんし、社会主義国は宗教を排そうとしましたが、その社会主義国においても、けっきょくのところ宗教の排除には失敗したと言うべきでしょう。進化論の浸透した現代においても、アトランティス人の伝えてきた「真相」は人類の禁忌だと秘密結社が考えているのは、人類の禁忌が明らかになれば、人々の信仰心が失われ、秩序の乱れを招来する結果になりかねない、と懸念しているからなのでしょう。
 4巻所収の30話「運命の人」において、島民が堕落した結果沈んだ島の伝説が語られますが、これはアトランティスのことであり、アトランティス人が絶望した=信仰心を失った=夢を見ないということを意味しているのでないか、と思われます。だからこそ、作中においては、無神論でありながら文明・秩序を維持している日本(社会・人)にこそ、アトランティスの謎を解明する資格があるのだ、とされているのでしょう。もっとも、これは作中での設定であり、本当に日本社会が無神論的なのかどうかということは、改めて検証が必要です。

 以上、長々と述べてきましたが、とりあえず今回はここまでとし、次回は、作中で紹介されたさまざまな伝説や、作中での設定を改めて取り上げて、私見を検証していくことにします。これまで、このブログで『イリヤッド』について色々と予想してきましたが、その多くは外れていたので、今回提示した仮説も、やはり的外れかなという懸念はあります。次回以降の検証で、少しは原作者さんの想定に近づきたいものですが、私の読解力・推理力・知識では、なかなか難しいものがあります。まあ、論文ではありませんし、有料公開というわけでもないので、気楽に続けていくことにします。

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