岡野友彦『院政とは何だったか 「権門体制論」を見直す』

 PHP新書の一冊として、2013年3月にPHP研究所より刊行されました。公的な最高位者と最高権力者が異なることがほぼ常態化した分かりにくい中世政治史を、専門家の立場から分かりやすく説明する、という意図の一冊です。このような主題は、新書に相応しいと言えるでしょう。本書は中世政治史の分かりにくさの要因を荘園制に求めますが、この荘園制も一般層には分かりにくいとよく言われています。新書にて難題を二つも分かりやすく解説しようという意欲的な試みですが、それはおおむね達成されているのではないか、と思います。

 本書は、院政期に上皇が天皇にたいして政治的に優位に振る舞えた理由を、上皇が膨大な荘園を有していたからだ、と説明します。荘園を領有する主体は官職を持つ個人ではなく中世的な「家」なので、実権を掌握するには、国政上の地位ではなく、家長として「家領荘園」を管理することが重要になる、と本書は指摘します。建前上、ともかく前近代において律令制度は有効でしたから、国土・国民はすべて天皇のものとされている以上、その一部を改めて天皇の私有地とすることはあり得ませんでした。

 そこで、天皇家が建立した寺院や内親王を荘園領主としたり(女院領・御願寺領)、天皇譲位後の財産としての「後院領」という形式をとったりせざるを得ず、天皇家の家長がそうした荘園を確実に領有するためには、早く譲位し、上皇という自由な立場に就く必要がありました。本格的な荘園制の成立と院政の開始がほぼ同時期に始まるのは偶然ではない、と本書は指摘します。著者は、天皇家・王家という用語に替えて、「院宮家」という用語を、「院宮家」の所領として「院領荘園」という用語を使うべきだ、と主張します。

 中世政治史を理解するうえでの核心とされる荘園制について、本書は国土領有権という概念で説明します。これは、開発者たちの私的な領主権とはレベルの異なるものであり、寺社・貴族といった上位者に移譲が可能なものです。荘園制とは国土領有権の分割・継承により成立するものであり、それ故に最終的な領主権(本家職)は院と摂関家に集中する、というのが本書の説明です。本書は、地理的・時間的に広範な荘園制の本質は都市的・貴族的領有である、と指摘します。また、荘園制が分かりにくいと誤解されるようになった理由として、ヨーロッパ中世の“manor”を荘園と訳したことなど、近代日本における歴史学の受容に問題があったことを、本書は指摘しています。

 中世とは何よりも荘園制の時代であり、院政とは天皇家の中世的対応だった、というのが本書の結論です。院政は中世荘園制の根幹を支えた院領荘園群の管理・統括という役割のために必要とされ、それ故に、院領荘園がほぼ有名無実化した15世紀後半に院政は実質的に終焉した、というのが本書の大まかな見通しです。これは、なぜ天皇(院宮家)が中世という時代を生き抜いていくことができたのか、という疑問への回答にもなるだろう、というのが本書の見解です。

 南北朝時代へといたる鎌倉時代の皇統分裂についての本書の見解はなかなか興味深く、今後も考えていきたい問題です。本書は次のように推測しています。鎌倉幕府は、後鳥羽院のもとに膨大な院領荘園群が集積され、承久の乱が起きたことから、一人の院(治天の君)に院領荘園群が集積されることを警戒し、後深草院・亀山院というたまたま存在した兄弟の対立を利用し、院領荘園群を二つの皇統に分けて相続させるよう、画策したのではないでしょうか。

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